次期年金改正どうなる?「財政検証」が示す五つの課題

AI要約

年金制度の持続性についての政府の財政検証結果による見通し改善や制度改正案について述べられている。

特に被用者保険の拡大や基礎年金の改革、在老制度の見直しなど具体的なオプション試算案に関して詳細に解説されている。

公的年金制度の仕組みや将来の給付水準の課題についても記載されている。

次期年金改正どうなる?「財政検証」が示す五つの課題

 年金制度の持続性をチェックする政府の「財政検証」で、給付水準の見通しは5年前より改善したが、今後、制度の見直しがあれば前提は変わる。財政検証は、制度改正を仮定した「オプション試算」も示しており、こちらがより重要になる。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】

 ◇制度改正を仮定した「オプション試算」

 財政検証は、人口や経済の推計をもとに、四つの経済前提シナリオで見通しを示した。将来の給付水準の目安となる「所得代替率」は、2番目に楽観的な「成長型経済移行・継続ケース」で57.6%、デフレ基調が続く「過去30年投影ケース」でも50.4%で、政府が約束する50%はクリアした。

 前回19年の財政検証では、最も楽観的なシナリオでも51.9%だったため、見通しは改善した。

 しかし、見通しは現時点で得られるデータを将来に投影したに過ぎず、「必ずこうなる」予測ではない。また、財政検証は、制度改正を仮定した5項目の「オプション試算」も示しており、実はこちらが「陰の主役」だ。

 オプション試算は、(1)被用者保険の適用拡大(2)基礎年金の拠出期間延長(3)マクロ経済スライドの調整期間の一致(4)在職老齢年金(在老)制度の見直し(5)標準報酬月額の上限の見直し――の5項目だ。内容や実現の可能性を順にみていこう。

 (1)は、被用者保険つまり厚生年金・健康保険の適用対象を広げる案だ。

 被用者保険は現在、企業と、5人以上の個人事業所(農林漁業・サービス業を除く)に義務付ける。パート勤務者については、従業員101人以上(24年10月から51人以上)の企業▽所定内賃金月8万8000円以上▽所定労働時間週20時間超――などの要件を満たすと加入義務が生じる。

 政府は、パートで働く人の企業規模要件と、5人以上の個人事業所の除外業種を撤廃する案を示している。その場合「過去30年投影ケース」の所得代替率は51.3%と0.9%改善する。さらに週10時間以上働く人に適用を広げれば56.3%と5.9%改善する。

 適用拡大は、財政の安定だけが目的ではない。根本には、働き方や勤務時間に関わらず、働く人全員に適切な社会保障を提供するという「勤労者皆保険」の考え方がある。

 現在は「規模が小さい会社に勤めているなら、将来の年金額は低くても仕方ない」という状況を容認している。それを改めようとするものだ。

 適用拡大をめぐっては、10年ほど前までは、パートで働く人が多い流通・サービス業などが保険料負担を嫌って、反対運動を展開した。だが、近年は人手不足が強まり、むしろ、人材確保には被用者保険の適用は不可欠という意見が強い。実現可能性は高いだろう。

 ◇「調整期間一致」で会社員の大半は年金額アップ

 (2)基礎年金の拠出期間延長(3)調整期間の一致――の二つは基礎年金の改革案だ。

 公的年金は、国民共通の基礎年金(1階)と、厚生年金に加入する会社員らに上乗せする報酬比例(2階)の2階建て構造だ。

 今回の財政検証は、基礎年金の弱さを改めて示した。

 年金財政は、自営業者が加入する国民年金と、厚生年金とで別になっており、それぞれが基礎年金給付の資金を拠出している。また、マクロ経済スライドは、基礎年金は国民年金財政、報酬比例は厚生年金財政を元に別々に調整している。

 だが、デフレの長期化や、女性や高齢者の就労が進んだ結果、とりわけ基礎年金の調整期間が想定外に長引いている。

 「過去30年投影ケース」では、報酬比例は26年度に調整が終わるが、基礎年金は57年度までかかる。その結果、全体の所得代替率が低下してしまう。

 2案のうち、(2)は、基礎年金の保険料拠出期間を5年延ばし45年とする案だ。(3)は、国民年金と厚生年金を併せた全体の年金財政を元に調整を行い、基礎年金と報酬比例の調整期間を一致させる案だ。

 政府は(2)は見送る方針で、(3)が焦点だ。調整期間を一致させると、「過去30年投影ケース」では36年に調整が終わり、所得代替率は56.2%と5.8ポイント改善する。

 調整期間の一致には二つの課題がある。

 ひとつは、基礎年金の給付水準を上げると、その給付の半分を占める国庫負担が増すことだ。「過去30年投影ケース」では調整期間が終わる57年度で2.5兆円増の見通しだ。

 ただし、注意したいのは、これは現行制度との比較である点だ。現行制度のまま基礎年金の水準が下がれば、現在よりも国庫負担は減る。逆に、調整期間の一致で基礎年金の水準低下を抑えれば、当然国庫負担は増える。増えるというより「減るのを抑える」というほうが実態に近い。

 もうひとつの課題は、誤解の払拭(ふっしょく)だ。

 一部メディアやSNSには「会社員が加入する厚生年金が、自営業者の加入する国民年金を支援するため、会社員が損をする」という誤解がある。

 実際は逆だ。調整期間を一致させれば、大半の会社員の将来の給付水準はプラスになる。低下するのは、現役時代を通じて年収1080万円超の高所得者で、厚生年金受給者の0.1%にも満たない。

 会社員ら厚生年金加入者の年金は「1階の基礎年金+2階の報酬比例」からなる。基礎年金は定額、比例報酬は賃金に連動する。このため、賃金に差があっても、定額の基礎年金が底支えして年金格差が大きく広がらない「再分配機能」が働く。

 低賃金の人ほど基礎年金の割合が大きい。その給付水準が下がれば、再分配機能は弱まり、老後生活への影響が大きくなってしまう。

 案の実現には、こうした点をきちんと伝えられるかがポイントといえるだろう。

 ◇「シニアの働く意欲」と在老制度との関係は

 (4)在老制度の見直し(5)標準報酬月額の上限の見直し――の二つは厚生年金の改正案だ。

 (4)の在老は、会社に勤めながら厚生年金を受け取る場合、収入が一定額を超えると年金額が減る制度だ。給与(賞与含む)と報酬比例の合計月額が基準額(24年度は50万円)を超えると、超えた分の半分が年金額から減る。

 在老は「高齢者でも一定の給与があるなら、年金は我慢すべきだ」という考え方に基づき、公的保険や社会保険の原則とは異なる。定年後も働く人が増えるなか「シニアの働く意欲をそぐ」という意見が強い。

 問題は、見直しで給付が増えれば、将来の給付水準が低下することだ。試算では、撤廃の場合4500億円の給付増になり、所得代替率を0.5%引き下げる。

 ただし、実際にマイナスになるとは限らない。試算は制度変更による就労変化は見込んでいないからだ。

 働くシニアのなかには、年金額が減らないよう働く時間を抑えている人もいる。「年金額が減らないのならもっと働こう」と考える人が増えれば、保険料収入が増え、本人の給付も増える「プラスの好循環」を生む可能性もある。

 (5)は、高所得者の保険料を引き上げる案だ。

 厚生年金の保険料は標準報酬月額(毎月の給与)を等級別に算出している。現行の上限は65万円で、引き上げれば保険料収入が増えて年金財政にプラスになる。

 引き上げを3パターン(75万、83万、98万円)で試算すると、所得代替率は0.2~0.5%改善する。本人や企業の保険料負担が増し、改善効果もさほど大きくないが、結果的に本人の将来の給付額も高くなるため、デメリットは少ないだろう。

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 ◇公的年金制度の仕組み

 公的年金は、現役世代が負担する保険料を高齢者の年金給付に充てる賦課方式で、少子高齢化が進めば年金財政が厳しくなる。そこで、2004年の年金改革は、制度を持続させる枠組みを作った。

 現役世代の負担は、保険料上限を定めて、それ以上増やさず、高齢者への給付は、現役世代の人口減や平均余命の伸びに応じて給付水準を減らす「マクロ経済スライド」を導入した。給付と負担が長期均衡するまでマクロ経済スライドを続け、その後は給付水準を固定する。早期に年金財政を安定させ、給付水準の低下を抑えるのが課題だ。

 将来の給付水準の目安は「所得代替率」だ。「会社員の夫と専業主婦の妻」の夫婦の年金額を「モデル年金」とし、その時点の男性の平均手取り収入に対する割合を示す。24年度は61.2%で、政府は50%以上に維持すると約束している。