柚木麻子『BUTTER』が世界的ヒット─英国の研究者が見た、「食」を通じて「女性の生き方」を探究する日本の女性作家たち

AI要約

木嶋佳苗が婚活を利用して次々と男性たちを殺害した「首都圏連続不審死事件」により、日本社会に衝撃が走った。その影響を受けて柚木麻子の小説『BUTTER』が欧米で注目を集め、日本の女性作家たちが食を通じて女性の置かれた状況を描写する文学的トレンドが紹介された。

現代の日本女性作家たちが食をテーマに掲げる作品には、女性の地位や社会的課題が鋭く描かれており、柚木のベストセラー『BUTTER』もその一つである。女性の地位を転倒させる手段として食を取り上げる作品は、日本文学の新機軸であり、未だ研究の余地がある。

文学史の中で影響力のある戦後の女性作家、林芙美子や、現代の作家である柚木麻子の作品が、食に関するテーマを通じて、女性の困難や苦悩を丹念に描写している。これらの作品は、日本文学の多様性と深さを示している。

柚木麻子『BUTTER』が世界的ヒット─英国の研究者が見た、「食」を通じて「女性の生き方」を探究する日本の女性作家たち

木嶋佳苗が婚活を利用して次々と男性たちを殺害した「首都圏連続不審死事件」は、日本社会に大きな衝撃を与えた。いま、この事件に着想を得た柚木麻子のベストセラー『BUTTER』が欧米で翻訳・出版され、人気を博している。

この作品に限らず、日本の女性作家たちは長年、食べ物や料理を通じて、自分たち女性の置かれた状況を痛烈に描写してきた。英国で日本文学を研究する筆者が選ぶ、4人の日本人女性作家たちの作品とは──。

ここ最近の文学的センセーションとなった柚木麻子の小説『BUTTER』は、日本人女性作家が手がけ、世界の読者が味わった逸品だ。

美味しい手料理で男性を次々に誘惑したうえで、彼らを殺害したと見られる連続殺人の容疑者を、ある記者が取材しようと試みる。それ以上言うと、この読書で得られるはずの豊かな快楽を損ないかねない。

だが、柚木のベストセラーは、日本社会における女性の地位を掘り下げ、この「女性の地位」というまさにその概念を転倒させるための手段として食を取り上げるという、日本発の最新小説にほかならないのだ。

これは確立したテーマだが、とはいえ現代の日本女性作家の小説で、まだ充分には研究されていない側面だ(だが、青山友子による、このテーマに関する魅力的な論文『Reading Food in Modern Japanese Literature』(未邦訳)は、優れた出発点になるだろう)。

ここでは一例として、戦後の日本人女性たちの艱難辛苦を表現した、美味なる4品文学コースにご招待しよう。お楽しみあれ。

柚木の日本の読者なら、彼女が林芙美子に強い関心を持っていることを知っているかもしれない。林芙美子は多作な作家で、1920年代後半から1951年に若くして亡くなるまで活躍し、芯が強く決然とした、困難にめげない下層階級出身の女性が苦闘する日常を描いた。

『放浪記』(1930)、短篇「晩菊」(1948)、『浮雲』(1951)をはじめとする彼女の作品は、文芸映画の巨匠、成瀬巳喜男によって映画化されたものが数々ある。

赤貧の家庭に生まれた林が、食について書くことへの柚木のこだわりに相通じるものがあるのは間違いない。デビュー作『放浪記』は、食料品の行商と、それをがっつく貧乏で飢えた者たちの様子の描写が風味を添えている。

未完の遺作となった『めし』が、1951年に成瀬が最初に映画化した作品だった。この映画が描くうらぶれた戦後の家庭生活の中心になるのは、ろくな財力のない男と、子のない暮らしを送る主婦である。

この時代は、家父長的な体制により、女性は家庭の付属物で、かつ家庭内でも低い地位におかれることをずっと強いられていた。台所は、この女性主人公の監禁状態と抑圧の視覚的メタファーとして用いられている。