いったい誰が得するのか…日本製鉄の「USスティール買収」阻止に動いている「犯人」と「思惑」

AI要約

日本製鉄が米国の鉄鋼メーカーUSスティールの買収を試みたが、米政府のCFIUSが国家安全保障上のリスクを懸念し、拒否したことが明らかになった。

日本製鉄は国家安全保障上の協定を提案したものの、バイデン大統領が買収阻止の意向を示すなど、買収の行方は不透明になっている。

一方、米国内の鉄鋼業界では、競合メーカーのクリーブランド・クリフスがUSスティールの買収を望み、市場支配力を求めている様子がうかがえる。

いったい誰が得するのか…日本製鉄の「USスティール買収」阻止に動いている「犯人」と「思惑」

日本最大の鉄鋼メーカー・日本製鉄が、かつては世界一の鉄鋼メーカーとして名を馳せたUSスティールを買収しようとしている件について、米政府の対米外国投資委員会(CFIUS)が認めないという判断を出していたことがわかった。

CFIUSは、この買収がアメリカの鉄鋼生産能力の削減につながり、輸送やインフラなどに必要な鉄鋼の供給に支障をきたす可能性があり、国家安全保障上のリスクを生じさせるとのレポートをまとめ、8月31日に日本製鉄とUSスティールに送付した。

日本製鉄はこれに対抗し、9月3日に拘束力のある国家安全保障上の協定の締結をアメリカ政府に提案した。つまり、CFIUSが懸念しているような事態は絶対に起こらないようにすると、アメリカ政府に約束したのだ。

しかしながら、バイデン大統領は大統領権限を行使してでも買収を阻止する構えを示した。民主党の正式な大統領候補となったハリス副大統領も、USスティールは「米国内で所有され、運営される企業であるべきだ」との立場を示し、買収に背を向けた。

この動きは、目下大統領選挙が戦われる中で、ナショナリズムを傷つけない方が選挙にとって有利だという、実にくだらない理由以外考えられない、全くの愚策だと言わざるをえない。

この買収阻止に動いているのは、全米鉄鋼労組(USW)に加えて、クリーブランド・クリフスという鉄鋼メーカーだ。

鉄鋼メーカーには鉄鉱石から鉄を作る高炉メーカーと、鉄スクラップをリサイクルする電炉メーカーがあるが、アメリカには高炉メーカーは、USスティールとクリーブランド・クリフスしかない状態となっている。

高炉メーカーと電炉メーカーは同じ製鉄業だといっても、必ずしも競合になるとはいえない。

安価な製造という点では電炉メーカーの方が有利なので、近年は電炉メーカーのシェアが上がって、アメリカの粗鋼生産量の7割が電炉メーカーという状態になっているが、鉄スクラップとなる鉄製品はもともと製品用途に応じた混ぜものになっているので、鉄スクラップを溶かしても、そこからどんな鉄製品でも作り出せるということにはならないからだ。

鉄製品には製品用途に合わせて、炭素、ケイ素、マンガン、リン、硫黄、クロム、ニッケル、モリブデン、タングステン、コバルトなどが混ぜ合わされて作られており、鉄スクラップは最初からこうした混ぜものがあることが前提になる。

最適なバランスを持つ鉄製品を作り出すには、純度がほぼ100%の鉄を準備し、そこに混ぜたいものを混ぜたい量だけ用意して、適切に組み合わせる必要がある。こうした精密な鉄製品を作るには、高炉メーカーでないと対応できない。

クリーブランド・クリフスからすれば、競争力を失ったUSスティールが、今の弱い状態のまま残ってくれたり、クリーブランド・クリフスによって買収できたりすることが、望ましいことになる。クリーブランド・クリフスがUSスティールを買収できれば、高炉生産を100%独占できる。国内に競争相手がいなくなるのだ。

高炉でないとうまく作れない鉄製品の場合、この市場支配力を使って、クリーブランド・クリフスが鋼材価格を値上げする可能性もある。少なくとも値下げのインセンティブ、製造工程の革新のインセンティブが弱くなるのは確実だ。

日本製鉄が先進の生産技術をUSスティールに持ち込んで、クリーブランド・クリフスとの間で競争が生じることは、クリーブランド・クリフスには嬉しくない話だ。

アメリカの鉄鋼製品には25%の関税が課されており、アメリカの製鉄業はかなり強固に保護されている。ここで独占体としてあぐらをかくことができれば、クリーブランド・クリフスとしては願ったり叶ったりなのだ。そしてこのぬるま湯状況は全米鉄鋼労組(USW)にとっても都合がいいことになる。

それでクリーブランド・クリフスとUSWは、日本製鉄によるUSスティールの買収に反対しているのだ。