植物人間の4人中1人は話を聞いている

AI要約

重度の脳損傷患者の中には、外部の指示に反応し意識があることを示す脳反応があることが分かった。

この研究結果は、倫理的な問題や治療方法の見直しの必要性を示唆している。

将来的には脳活動を解読する技術が進み、意思疎通が可能になる可能性もある。

植物人間の4人中1人は話を聞いている

 深刻な脳損傷を受けて外部からの刺激にまったく反応しない状態が長期間続く患者を、よく「植物人間」と呼ぶ。しかし、意識障害に陥った脳損傷患者の相当数が、実際には意識があることが明らかになった。体をまったく動かすことができず、意思疎通はできないが、周辺を認識できるということだ。

 米国マサチューセッツ総合病院を運営している医療研究教育機関「マス・ジェネラル・ブリガム」(MGB)が中心となった国際研究チームは、重度の脳損傷患者241人を対象に機能的磁気共鳴映像(fMRI)撮影と脳波検査(EEG)を実施して分析した結果、4人中1人の割合で外部の指示に反応することを確認したと、国際学術誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表した。研究チームは、これらの人たちの脳活動の程度は、同じ検査を受けた健康な成人たちとまったく同じだったことを明らかにした。

 研究チームは患者らに、テニスをすることや、水泳、拳を握ること、家の中を歩くことなどの活動を想像するようさせ、脳反応を調べてみた。例えば、「拳を握って伸ばす姿を想像してください」と言った15~30秒後、「そのような想像を止めてください」と伝える手法だ。研究チームは、このような実験を5分間に平均7回繰り返した。その間に脳の血流の動きと脳波を測定した結果、患者の25%にあたる60人に、この指示を繰り返して従ったことを示す脳反応が現れた。

 表面上には何の反応がないようにみえるが、言語を理解して指示を記憶して注意力を維持できる状態を、専門用語で「認知‐運動解離」(Cognitive-motor dissociation)と呼ぶ。

 論文の筆頭著者であるイェレナ・ボディーン博士(神経学)は「このような結果は、重度の脳損傷の患者に対する倫理的、臨床的、科学的質問を投げる」と述べた。例えば、表面上には現れなかった認知能力を探知し、コミュニケーション・システムを構築することが可能かどうかが研究者の新課題になりうる。

 個人の「認知‐運動解離」現象を示す研究は、20年ほど前に初めて発表された。その後科学者たちは、外部の刺激に反応しない患者の約15~20%にこのような現象が現れることを発見した。2019年の米国のワイル・コーネル医科大学の研究では、このような「隠された意識」の現象が10人中1人の割合で現れると推定した。ただし研究チームは、今回の研究を通じて、その割合がこれよりはるかに高い可能性があることが判明したと明らかにした。今回の研究は、これに関する研究のなかでは歴代最大規模だ。

 研究を主導したワイル・コーネル医科大学のニコラス・シフ教授によると、全世界に意識障害を患っている人は30万~40万人いると推定される。シフ教授は「これは最大10万人が『隠された意識』を持っている可能性があることを意味する」と述べた。

■生命維持装置の除去決定に投げる質問

 今回の研究では、米国、英国、フランス、ベルギーの4カ国の6カ所の医療施設で約15年間に収集されたデータを活用した。患者たちは、交通事故や脳卒中、心臓まひのような外傷によって脳損傷を受けた直後に集中治療室に入院したり、けがや病気を患い数ヶ月~何年が過ぎてから療養施設や自宅で生活していた人たちだ。脳反応を示した人たちは、そうではない人たちに比べ、年齢が若く、外傷によって脳損傷を受け、より古い時期に脳損傷を受けた傾向があった。

 研究チームは、認知的自覚が生きていることだけが分かっても、これらの人たちに対する治療方法に変化を与えることができると明言した。例えば、医療スタッフがもう少し微細な信号にもさらに注意を払うことができ、患者に話しかけることも可能で、病室に音楽をかけることもできる。反面、「認知‐行動解離」を探知できない場合には、生命維持装置を早期に除去したり、リハビリの機会を逃すなどの深刻な結果を招く可能性もある。

 シフ教授は「今回の研究によって、認知能力がありながらも行動できない解離状態が、一般的ではないわけではないことがわかった」として、「今では、このような患者たちと交流して患者たちが世界とつながるよう助けることが、私たちの倫理的義務だと思う」と述べた。

 英国インペリアル・カレッジ・ロンドンのラーナン・ギロン教授(医療倫理)は、科学専門誌「ニュー・サイエンティスト」に、「意識がない状態で生きるということは、多くの人たちにとって無意味で、より嫌いなものに近づくこと」だとしたうえで、「しかし、今回の研究が示唆するように、意識がないことが表面上にみえる状態であるにすぎない可能性が高いのであれば、生命延長治療を中断することに決める前に、自分の意思を聞いてほしいと望むことが予想される」と述べた。

 ただし、研究チームは、脳反応を測定する方法が標準化されておらず、機関ごとに異なる手法で検査しているため、データに偏差がある点を限界として挙げている。したがって、研究チームは、体系的かつ実用的な評価手法が開発され、より多くの患者がより簡単に検査を受けられるようにすべきだと明らかにした。

 今回の研究には、簡単な指示に反応した患者112人も含まれている。研究チームは、これらの人たちについては、かなり多くの人たちが脳画像と脳波検査ではるかに明確な反応を示すと予想した。しかし、実際には38%で大きな違いなかった。研究チームは、これは脳反応の基準値を高く設定したためだと推定した。

 研究チームは今後、脳活動を判読する技術がさらに制度を上げる場合、脳損傷の患者たちも脳‐コンピュータ・インターフェース(BCI)を利用して意思疎通が可能になる日が来ると期待した。マサチューセッツ総合病院の研究チームが参加して同日に同じ学術誌に掲載された別の論文には、ルーゲーリック病(筋萎縮性側索硬化症=ALS)によって話せなくなった40代患者の脳信号を脳‐コンピュータ・インターフェースで読み取り、患者が意図した話を97%の正確度で文字と音声に変換することに成功したという研究結果が載せられた。

*論文情報

DOI:10.1056/NEJMoa2400645

Cognitive Motor Dissociation in Disorders of Consciousness.

クァク・ノピル先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )