【コラム】安洗塋の暴露から見る韓国の能力主義…個人・組織の共生方法を模索すべき(1)

AI要約

2024パリオリンピック(五輪)バドミントン女子シングルスで金メダルを獲得した安洗塋(アン・セヨン)選手が協会に対する爆弾発言を行い、選手の経済的報酬と自律性の問題が浮き彫りになった。

安選手と協会の葛藤は、スター選手への経済的報酬と種目全体の持続可能な再生産をどう両立するかという、新旧世代の価値観の衝突を象徴している。

若者世代の能力主義的思考と既成世代の年功序列論理との葛藤は、社会の様々な分野で見られ、個人の犠牲と組織の大義の間でのバランスが問われている。

【コラム】安洗塋の暴露から見る韓国の能力主義…個人・組織の共生方法を模索すべき(1)

2024パリオリンピック(五輪)バドミントン女子シングルスで金メダルを獲得した安洗塋(アン・セヨン)選手が試合を終えた直後、爆弾発言をした。負傷を管理できない大韓バドミントン協会に対する空しさとあわせて「代表チームとはこのままずっと進むのは難しくないだろうか」として苦しい心情を吐露した。その後、複数のメディア報道で協会内部の不条理と不十分な選手管理情況が次々と明らかになった。文化体育観光部も五輪直後に大韓バドミントン協会に対する調査を始めた。

帰国後、安選手の具体的な要求が報道されると「広告に出なくてもバドミントンだけでも経済的報奨を十分に享受できるようにするべきだ」「スポンサーや契約の部分に規制を設けずに緩和してほしい」など金銭的な問題に対する葛藤が露呈した。女性は満27歳、男性は満28歳以上でなければ個人の資格で国際大会に出場できないようにした規定も批判の対象となった。安選手の要求が貫徹されないのなら、協会ではない個人の資格で出場しても咎めないでほしいということだ。結局、葛藤の核心は選手に対する正当な報奨の範囲と個人の自律性をどこまでに見るかという問題だ。

もちろん、選手に対する協会の支援が不十分だったという情況が多数報道され、世論は相変らず安選手を支持している。だが、協会の反論の中にも一部参酌するに値する部分がある。バドミントン用品企業の個人後援に対する制限を全面的に緩和する場合、公平性の問題はもちろん、種目選手層の長期的な再生産に問題が生じかねないということだ。特にプロ選手体系が整っていないバドミントン種目の場合、企業の後援が有名選手だけに傾けば幼少年選手の育成はもちろん、国内大会にも支障をきたしかねない。

◇韓国社会の世代価値観の衝突を象徴

このように安選手と協会の葛藤は韓国社会の多くの企業と組織を貫く新旧世代の相反した価値観の衝突を代弁している。十分な成果を出したスター選手に妥当な経済的報奨と自律性を保障しなければならないという立場と、エリート選手層の持続的な再生産のためにスタープレーヤーも一定部分で種目全体の大義に従うべきだという組織の論理が衝突しているのだ。

個人の自律保障と定量的成果に比例した報奨を重視する青年世代の能力主義的思考が既成世代の価値観と衝突する姿は昨日今日のことではない。一例として、最近の若手労組組合員が鋭敏に異議提議する事案の一つは成果給を年功序列論理で分配する慣行だ。既成世代の観点では、組織のために長く献身した功績に対してはどのような形でも年功的性格の報奨がなければならないが、「生涯の職場」という概念が消えて離職が日常化した労働市場に慣れている青年たちにとって、これもまたもう一つの不公正慣行にすぎない。

現在の葛藤構図で、選手一人ひとりの犠牲と献身を求めるスポーツ協会の論理が説得力を持つためには、協会自らどれほど誠意を持って選手のために奉仕したかという問いに答えなければならない。対価の犠牲に対する反発は若者世代がいわゆる「K-能力主義」に傾く結果を招く。K-能力主義はこれ以上効果的に作動しないK-権威主義に対する反作用として成立する。個人の犠牲と献身が結局もっと大きな報奨として返ってくるという信頼が崩壊した状況は、青年世代に目に見える定量的成果に基づいた分配論理にしがみつかせる。