パリ五輪のマスコット「フリージュ」になった古代の「フリジア帽」とは、「自由の象徴」は誤解?

AI要約

18世紀のフリジア帽がパリオリンピックとパラリンピックのマスコットになった経緯。

フリジア帽の起源や歴史的な背景、古代王国フリギアに関する情報。

フリギア王国の豊かさや重要な遺物、フリジア帽をかぶった騎兵の像の発見について。

パリ五輪のマスコット「フリージュ」になった古代の「フリジア帽」とは、「自由の象徴」は誤解?

 パリオリンピックとパラリンピックのマスコットキャラクター「フリージュ」は、18世紀にフランスの革命家たちがかぶっていたフリジア帽と呼ばれる帽子がモデルになっている。とんがり帽子の先端が前方に傾いたような形が特徴的で、当時は自由の象徴とみなされていた。19世紀の画家ウジェーヌ・ドラクロワは、「民衆を導く自由の女神」という作品のなかで、フリジア帽をかぶり、フランス国旗を掲げて先頭に立つ女性を描いている。

 今やオリンピックとパラリンピックのマスコットにまでなったフリジア帽だが、起源は数千年前にさかのぼる。そして、トロイア戦争から、ミダス王の神話、米国独立戦争まで、様々な歴史の場面で姿を見せてきた。

 フリジア帽の名前の由来となったのは、現代のトルコ中央部にあった古代王国フリギアだ。紀元前1200年ごろにバルカン半島からやってきたフリギア人は、ゴルディオンという場所に首都を築いたと考えられている。

 フリギア人のことを知っている人は少ないが、彼らは現代にまで語り継がれている物語の中で主要な役割を果たしている。たとえばギリシャ神話で、触るものすべてが黄金に変わってしまうという呪いをかけられたミダス王は、紀元前8世紀に実際にフリギア王国を治めていた非常に裕福な王だったと考えられている。

 2013年からゴルディオン遺跡の発掘を率いている米ペンシルベニア大学の考古学者ブライアン・ローズ氏は、ミダス王の「黄金の手」の神話について、フリギアの貴族たちが着ていた衣服に由来するのではないかと考えている。それらの衣服は、金の輝きを与える特別な顔料を使って染められていた。

 ゴルディオン遺跡からは、黄金の器や宝飾品、見事な木製の家具など、目を見張るような遺物が大量に見つかっており、フリギアが強大で豊かな国だったことを物語っている。

 発見された遺物のなかに、フリジア帽をかぶった紀元前9世紀前半のものとされる騎兵の像があった。ローズ氏によれば「視覚的なフリジア帽の描写としては最古のもの」だという。