「町中に『戦争反対』のステッカーを貼るの!」平和を訴えていた幼い少女にまで襲い掛かるロシア警察の「魔の手」

AI要約

ウクライナ戦争勃発後、ロシア人女性が政府系テレビ局に乱入し反戦ポスターを掲げ、追い回される中でジャーナリズムの戦いに身を投じた経緯。

政治家の逮捕や支持者の活動に巻き込まれる中、プロパガンダに抗議する人々の姿を描いたエピソード。

ロシアのメディアに対する批判的な立場から、国外脱出への危険を伴う行動を決意した人々の葛藤と勇気。

「町中に『戦争反対』のステッカーを貼るの!」平和を訴えていた幼い少女にまで襲い掛かるロシア警察の「魔の手」

 「NO WAR 戦争をやめろ、プロパガンダを信じるな」...ウクライナ戦争勃発後モスクワの政府系テレビ局のニュース番組に乱入し、反戦ポスターを掲げたロシア人女性、マリーナ・オフシャンニコワ。その日を境に彼女はロシア当局に徹底的に追い回され、近親者を含む国内多数派からの糾弾の対象となり、危険と隣り合わせの中ジャーナリズムの戦いに身を投じることになった。

 ロシアを代表するテレビ局のニュースディレクターとして何不自由ない生活を送っていた彼女が、人生の全てを投げ出して抗議行動に走った理由は一体何だったのか。

 長年政府系メディアでプロパガンダに加担せざるを得なかったオフシャンニコワが目の当たりにしてきたロシアメディアの「リアル」と、決死の国外脱出へ至るその後の戦いを、『2022年のモスクワで、反戦を訴える』(マリーナ・オフシャンニコワ著)より抜粋してお届けする。

 『2022年のモスクワで、反戦を訴える』連載第29回

 『元夫に愛娘を監禁され、母親と息子は陰謀論にどっぷり…幸せな家庭を崩壊させたロシアのヤバすぎる「プロパガンダ」』より続く

 「モスクワ区議会議員アレクセイ・ゴリノフに懲役10年の可能性」

 朝、ニュースで読んだ。

 ゴリノフは、児童画コンクールを開催するのではなく、ウクライナ戦争の犠牲者の追悼式をやろうと区議会で提案して逮捕された。この件の「捜査」は5日間で終わり、裁判は非公開だった。

 何も考えず、ただゴリノフへの支持を示そうと思い、メシチャン裁判所に行った。通りにはゴリノフを支持する多くの人たちがいた。裁判所の中へは誰も入れてもらえなかった。みんな、法廷での展開を、オンラインの文字情報で追っていた。

 人ごみのなかで若い記者スラーヴァ・チーホノフを見つけた。彼はクルマに乗る人たちに、後ろの窓にZのシールを貼るな、と生放送で呼びかけたために、テレビ局モスクワ24をクビになっていた。

 「この2、3ヵ月、政治家のイリヤ・ヤーシンを取材していたんです」

 スラーヴァはわたしに言った。

 「でもヤーシンも何日か前に逮捕され、公務執行妨害で15日の勾留になりました。おそらく刑事事件で訴えられるでしょう。だから、どうしたらいいかわからず困っているんです。また職なしに逆戻りです」

 ゴリノフ議員を支援する人たちがこちらに来た。スラーヴァがわたしを皆に紹介した。

 「アーニャです」

 背の低い、暗色の巻き毛の女の子が名乗った。

 「モスクワの町中に平和を象徴する緑のリボンを結んで、『戦争反対! 』のステッカーを貼っています。スーパーの値札のところに反戦ビラを差し込んだサーシャ・スコリチェンコのように、捕まって刑務所送りになりたくないので、注意してやっています」

 その半年後にはアーニャのアパートにも警察が押し入ることになる。そしてアーニャはカザフスタンに逃亡せざるをえなくなった。

 「ドミートリーといいます」

 アーニャのパートナーで、背が高く中年の痩せた男性が自己紹介した。

 「神経外科医です。ゴリノフを支援するために来ました」

 「クビになるのは怖くないんですか?」

 わたしは尋ねた。

 「国立の機関で働いているでしょう?」

「そんなことは何でもありません。わたしは奴隷ではなく、自由な人間です」

 ドミートリーは誇りをもって答えた。

 「わたしはクリミアの出身なんです。2014年にロシアがクリミア半島を奪い取った時、その結末がどんな形になるか、わたしには見えていました」