「これは勝てんわ…」大谷翔平の焼肉会後に起きた“ある事件”「正直言ってライバル視していた」ドラフト2位の同期選手が悟った“翔平との差”

AI要約

2012年10月25日、大谷翔平と森本龍弥内野手が同期でプロ野球選手としてデビューすることになった。森本さんは大谷との関係やライバル意識、プロ入り後の驚きなどを振り返る。

森本さんは高校時代に注目を集め、プロ野球入り後に大きな期待を背負ったが、大谷の才能に圧倒され、ライバルとしての存在を認めるようになった。

大谷のバッティングに衝撃を受けた森本さんは、プロ野球の世界での自分の位置を再認識し、新たな目標に向かって努力していく決意を固めた。

「これは勝てんわ…」大谷翔平の焼肉会後に起きた“ある事件”「正直言ってライバル視していた」ドラフト2位の同期選手が悟った“翔平との差”

2012年10月25日。大谷翔平選手が北海道日本ハムファイターズから1位指名を受けたドラフト会議で、2位指名を受けたのが高岡第一高の森本龍弥内野手だった。「大谷に次ぐ2位」でプロの門をくぐった“同期入団”の喜びと苦悩、そして波乱に満ちた野球人生とは――。19年シーズン限りで現役を引退し、現在は内装資材メーカーの営業職として働く森本さんに聞いた。《NumberWeb「大谷翔平世代」インタビュー/後編に続く》

 2012年11月、札幌市内のホテルで行われた日本ハムの新入団選手発表は主役不在で始まった。最初に名前を呼ばれたのは、1位指名の大谷ではなく2位指名の森本さん。メジャー挑戦を希望していた大谷との交渉は難航しており、すでに仮契約を結んだ選手6人のうち“最上位指名選手"は森本さんだった。

「一緒にやりたいと思っていました。二刀流に挑戦するという話が出ていて、いったいどんな選手なんだろう、って。僕は関西出身ですし、高校時代に同世代で一番目立つ存在と言えば藤浪(晋太郎、現メッツ傘下3A)でした。翔平は対戦したことも見たこともなかったですが、当初野手としては(同じ)ショートを守るという話があった。同じポジションになるし、正直言ってライバル視していたところもありました」

 同じ高卒の頼もしい同期も、ひとたびプロ入りすればライバルだ。大谷と初めて顔を合わせたのは2013年1月、千葉・鎌ケ谷の二軍施設で行われた新人合同自主トレ。室内練習場で共にバットを握った瞬間、抱いていたライバル意識は木っ端みじんに吹っ飛んだ。

「あいつのバッティング練習見た瞬間、これは勝てんわと思いました。なんだこの音! って。打球音が銃声に聞こえるんです。バーンッて、もう破裂しているような音でした。僕らは金属から木のバットに変わって対応に苦労しているのに、翔平はそんなのお構いなし。衝撃を受けました。あれは今でも忘れられないです」

 森本さんは高校通算33本塁打、公式戦では5割以上の打率を記録した大型遊撃手。当時からスイングスピードはプロ野球レベルの153kmをマークしていた。

「高校時代、北陸ではナンバーワンと言われていたんですけど、プロ野球に入ったらもうほんま、下の下ですよ。入ったら一瞬にして鼻を折られました。だってドラフト1位にはあいつがおるわけですから(笑)」