日産野球部の新ユニ、なぜ青色? 16年ぶりに復活…休部時の「赤」を辞めた理由

AI要約

2025年、16年ぶりに復活する日産自動車本社野球部が新ユニホームを発表。ユニホームの基調色を赤から青に変更し、都市対抗や日本選手権での優勝時の色に由来する。

経営再建の一環として2009年に休部した日産自動車本社野球部が、神奈川県横須賀市で活動再開。ユニホーム色の青は、横須賀市のJR横須賀線や横浜F・マリノスとの関連性などが考慮された。

日産本社野球部のユニホームには、“都市対抗優勝2回”を表す2つの星と、ブルーバードのイメージとしての“青い鳥”が描かれている。

日産野球部の新ユニ、なぜ青色? 16年ぶりに復活…休部時の「赤」を辞めた理由

 2025年、16年ぶりに復活する日産自動車本社野球部が1日、横浜市の日産グローバル本社で新ユニホームを発表した。休部した当時の日産のユニホームは「赤」を基調としていたが、来年は「青」を身にまとって再スタートを切る。発表会見に出席した伊藤祐樹監督は「1998年の都市対抗、2003年の日本選手権で優勝した時は“青”だった」ことにちなんだと説明した。

 過去に都市対抗野球大会で2度、社会人野球日本選手権で1度優勝した名門だが、経営再建の一環として2009年限りで休部。神奈川県横須賀市を本拠地に活動を再開する。

 ユニホームが青になった理由は、他にも本拠地の横須賀市を走るJR横須賀線の塗装がかつて、クリーム色と青の2色で「スカ色」と呼ばれていたこと。日産自動車サッカー部を前身とするサッカーJリーグの横浜F・マリノスのユニホームも青が基調であること。日産本社野球部OBが集まり、ユニホーム案のサンプルを検討した際に、青を推す声が圧倒的に多かったことなども、色が変わった理由だという。

 また、日産本社野球部の休部中に都市対抗を2度制覇し、業種も被るトヨタ自動車のユニホームが赤。伊藤監督は「実は、それも(青に変えた)理由の1つです」と苦笑した。

 日産車といえば、くしくも本社野球部創設と同じ1959年に発売され、2001年に販売終了となった乗用車「ブルーバード」が代表的な存在だった。本社野球部のユニホームに描かれていた“青い鳥”が、今回復活を果たした。ブルーバードの下にあしらわれている星2つは、“都市対抗優勝2回”を表している。

 始動へ向けて、チームづくりは着々と進んでいる。伊藤監督は「選手22人でスタートする予定ですが、すでに来春新卒見込みの大学4年生20人近くの入部が決まっています。あとは社会人野球のチームを動かしていく上で、経験者が1~2人必要かどうか、現在検討中です」と明かした。