奇跡の大逆転金メダル “体操ニッポン”が60年以上も継承してきたもの

AI要約

1964年の東京五輪(オリンピック)体操女子個人総合金メダリストのベラ・チャスラフスカさんが、日本男子チームの練習に参加し、彼らの明るさと連帯の精神に感化された。

パリ五輪の体操男子団体決勝で日本チームが金メダルを獲得するまでのドラマを通じて、仲間愛や決してあきらめない精神が力になることを示唆した。

チャスラフスカさんの理想とする姿や連帯の精神は、日本の体操チームに受け継がれ、健在であることを示している。

奇跡の大逆転金メダル “体操ニッポン”が60年以上も継承してきたもの

<五輪百景>

 1964年の東京五輪(オリンピック)体操女子個人総合金メダリストのベラ・チャスラフスカさん(故人)は、10代の頃から国際大会になると、志願して日本男子チームの練習に入れてもらった。

 当時の男子は日本とソ連の2強時代。彼女の母国チェコスロバキアは社会主義共和国で、ソ連(現ロシア)と親密な関係にあったが、ずっと日本チームにあこがれを抱いていたという。

 「ソ連の選手は試合前から厳しい顔で、1分後に大爆発が起きるかのような重い空気でした。ところが日本選手は常に笑顔を絶やさず、演技後も笑って仲間と手を合わせる。明るく、それでいて盤石の演技をする。私も彼らのようになりたいと強く思ったのです」。14年3月、チェコのプラハでご本人から直接聞いた。

 パリ五輪の体操男子団体決勝で、奇跡の大逆転で2大会ぶりの金メダルを獲得した日本チームに、10年前のチャスラフスカさんの言葉が重なった。

 2種目目のあん馬で橋本大輝が落下した。まさかの失敗に金メダルが遠のいた。それでも沈んだ顔のエースに、メンバー全員が「大丈夫、大丈夫」と笑顔で駆け寄った。「絶対にあきらめないぞ」。萱和磨のひときわ大きな声がチームを鼓舞した。あそこから日本の連帯はいっそう強まったように思う。

 最終種目の鉄棒で大差で首位に立っていた中国の選手が、2度も落下した。最後まであきらめない日本選手の気迫の演技に、重圧が増したのかもしれない。仲間の手痛い失敗に、険しい顔で頭を抱える中国選手たちの姿は、日本とは対照的だった。

 金メダルを決めた橋本の最後の演技は圧巻だった。メンバー全員の命運も背負った、脈拍計を振り切るほどの緊張の中で、完璧な演技をやってのけた。絶望的な状況にも笑顔で奮闘し続けた仲間への思いが力になったのだろう。

 「みんなに助けられた金メダル。みんなの思いを背負って戦えたのは幸せでした」。その演技、その言葉、それだけで偉大なエースだと思った。

 60年ローマ五輪で初めて頂点に立って64年。“体操ニッポン”は今だ健在。そして、チャスラフスカさんがあこがれた、あの精神が若い世代に脈々と継承されているのがうれしい。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「五輪百景」)