アッと驚く森下への“個人教授”…なぜ岡田監督は誓いを破ったのか 指導を「封印」していた3つの理由

AI要約

岡田監督が突如、選手に個人指導を始めた驚きの光景。過去に指導を封印していた監督がその理由とは。

若手主砲候補・森下に対する監督の熱血指導の背景とは。他の選手にも影響を与える可能性も。

田所龍一の解説で岡田監督の行動を明らかに。監督の指導方針と選手への熱意が垣間見える。

アッと驚く森下への“個人教授”…なぜ岡田監督は誓いを破ったのか 指導を「封印」していた3つの理由

◇コラム「田所龍一の岡田監督『アレやコレ』」

 堪忍袋の緒が切れた―わけでもない。怒り心頭―でもない。大阪弁でいうところの「もう、辛抱たまらんわ!」てな心境になったのだろう。

 リーグ戦再開を前にした6月19日の甲子園練習で、報道陣がアッと驚く光景が展開された。岡田監督が突如、若き主砲候補・森下に打撃の“個人教授”を始めたのだ。監督が選手を教えるのがそんなに驚き? 実は岡田監督は『オレはグラウンドで直接、選手に教えへん』と、前回監督を務めた2004年から1度も人前で教えたことがないのだ。

 「室内練習場とかではあるけどね」と岡田監督。昨年、4番・大山が不振に陥った時、広島遠征のときに、わざわざ広島県大野市にあるカープ室内練習場にカギをかけ、報道陣立ち入り禁止で指導したことがあるくらい。

 なぜ、岡田監督は指導を「封印」しているのか。そこには3つの理由があるといわれている。

 ①監督が指導すると他の選手が「なんでボクも教えてくれへんのや」と嫉妬する。えこひいきはアカン。監督は皆に公平に―という考え方

 ②グラウンドで選手に指導しているところを他チームの関係者に見られると、その選手の調子やウイークポイントを知られる

 ③選手を指導するのはコーチの仕事。「そんなんまでオレがやったら、コーチいらんやん」というわけだ。

 これだけの「信念」を持ちながら、なぜ、岡田監督は誓いを破ったのだろう。

 

 「森下の状態? 深刻どころとちゃうよ。去年の初めはそうでもなかったのに、いまはそっくり返ってバットを振ってる。コーチを通してちょっとぐらい言うたんじゃ治れへん。早よ手を打たんと」

 岡田監督は冒頭で書いた《もう辛抱たまらん》心境に達したのである。

 「アイツはこれからの選手やし一番伸びしろがある。長いこと野球する中で、今のスイングじゃぁ絶対無理。はっきり言うけど。まだ2年目やんか。今のうちにちゃんとした打ち方覚えたら、長いことできるようになるんやから」

 そばに平田ヘッドと水口打撃コーチを付き添わせ手取り足取り。自らバットを持ってティー打撃もやってみせる“熱血指導”だ。

 「アレやこれやと5つも6つも考えながら打席に立っても打たれへん。来たボールを打つことしかないんやから。体にええスイングをしみ込ませといたら打てるんや」

 もしかすると岡田監督は森下の指導を通して、ほかの選手にも“打撃の極意”を伝授しているのかも。きっとそうに違いない。

 ▼田所龍一(たどころ・りゅういち) 1956(昭和31)年3月6日生まれ、大阪府池田市出身の68歳。大阪芸術大学芸術学部文芸学科卒。79年にサンケイスポーツ入社。同年12月から虎番記者に。85年の「日本一」など10年にわたって担当。その後、産経新聞社運動部長、京都、中部総局長など歴任。産経新聞夕刊で『虎番疾風録』『勇者の物語』『小林繁伝』を執筆。