「争続」招く遺産 医師が目指す究極の「ゼロで死ぬ」
精神科医の和田秀樹さんは、高齢の患者が死期を悟った際の後悔や、金持ちのパラドックスについて語っている。
和田さんは、お金を使い切ることの大切さや認知症のリスク、自分の生き方について述べている。
彼は自身の生涯を楽しみつつ、お金を残さずに使い切る考え方を支持している。
精神科医の和田秀樹さん(64)は、これまでの臨床経験で、死期を悟った高齢の患者が後悔する声をたくさん聞いたという。
「もっとお金を使ってやりたいことをすべきだった」「子どもの反対を無視して、再婚すればよかった」などだ。
和田さんが「金持ちのパラドックス」と呼ぶ矛盾した事象がある。
財産のある人が「再婚したい」と言うと子どもは反対し、財産のない人が「再婚したい」と言うと子どもは祝福するというものだ。
「お金があるがゆえの不幸はいくつもあります。子どもに反対され、再婚をあきらめても子どもが老後の面倒をみてくれるとは限りません。老人ホームで寂しい余生を過ごすケースもあります。逆に財産がない場合、子どもは再婚相手が親の面倒を見てくれるのを歓迎し、かえって幸せというケースもある」
遺産があれば、あるほど、子どもたちがお金の配分をめぐって「相続」ならぬ「争続」になるケースが多い。裁判になって精神科医の意見書を何回か書いた経験も和田さんにはあるという。
「大金を残してもロクなことはないので、お金があるなら旅行、趣味などやりたいことに使ってしまう方がいい。年老いた時の最大の財産は『思い出』です。体が弱るとベッドで過ごすことが多くなるが、『あのときは楽しかったね』という思い出が心の支えとなります」
日銀の「資金循環統計」や総務省の「全国家計構造調査」の年代別の金融資産保有残高をみると、この20年で60歳以上の保有割合は1.5倍以上に増加。個人金融資産約2千兆円のうち、60歳以上が6割以上(約1200兆円)を保有する。
「日本は今は消費不況なので、高齢者は生前にお金を使ってお金を循環させるべきです。それが景気をよくし、社会貢献にもなる」
和田さんは「やみくもに老後を恐れてため込む必要はない」という。
日本の健康保険には高額療養費制度があるので、自己負担限度額以上のお金は後で払い戻される。「国民介護保険があるので、個室に入っても、年金で足りる施設は探せばある」
それより、「お金を使える時間が思ったより長くない」と警告する。
OECD(経済協力開発機構)によると、日本人の認知症有病率(病気を持っている人の割合)は2.33%。OECDの平均は1.48で先進国35カ国の中でも最高値だ。
厚生労働省の予測によると、25年には認知症になる人は約700万人に増加し、65歳以上の5人に1人が発症する見込みだ。
「認知症はもはや国民病。判断力がないと診断されると、成年後見人がつくので自分の意思でお金が使えなくなる」
和田さんは高血圧、高血糖の持病があるが、薬をのんでコントロールし、趣味のワインを楽しんでいる。そして「あと20年前後で要介護になる」と想定しているという。
「その頃になれば、車の自動運転技術や介護ロボットの性能がもっと上がる。私は高い保証金と管理費を払って老人ホームに入るより、介護ロボットにお金をかけて自由に暮らしたい」
2020年に発売された米国の実業家、ビル・パーキンス氏の本「DIE WITH ZERO」(ダイヤモンド社)が日本でもロングセラーとなり、「死ぬまでにお金を使い切る」という考え方が静かなブームとなっている。和田さんはブームになる以前から、そんな生き方を指向してきたという。
医師の仕事の傍らで本を書き、印税で数億円の収入もある。「学生時代から夢だった映画制作も手がけ、資金をつぎ込んだ。これからも映画や本は作りたい」
一方で借金してビルなども買ったので、子どもたちに残す財産はないという。「子どもたちも私をあてにしていないし、お墓も葬式もいらない。究極のDIE WITH ZERO派です」(編集委員・森下香枝)