「重力があると光が曲がる」のはなぜ?…「質量がない光」さえ重力で曲げられてしまうメカニズム

AI要約

物理に挫折したあなたに――。読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。

『学び直し高校物理』では、物理法則をテーマにしつつ物理法則の理由を考えていく。

記事では光が曲がる理由について詳しく説明し、重力による光の屈折についても言及する。

「重力があると光が曲がる」のはなぜ?…「質量がない光」さえ重力で曲げられてしまうメカニズム

物理に挫折したあなたに――。

読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。

 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。

 本記事では〈我々が住んでいる宇宙空間はじつは「平ら」ではなく「曲がっている」…! 「空間を歪めている」存在とは何なのか? 〉に引き続き、曲がるメカニズムについてくわしくみていきます。

 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。

 蜃気楼や逃げ水のように空気中で光が曲がることと、重力で光が曲がることは違うように思えるかもしれないが、実はよく似ていている。

 下の図は大気中の屈折率の差で光が曲がる場合と重力で曲がる場合の比較である。どちらも赤い線は光が直進する場合を示し、青い線は屈折が起きる場合を示している(左の図の赤線は大気中の屈折率が場所によらず一定なので屈折が起きない場合に相当し、右の図の赤線は重力が存在しないので直進する場合に相当する)。

 大きな違いは、左の図は縦軸も横軸も空間なのに、右の図では縦軸が空間で、横軸は時間だということである。つまり大気中の光の屈折は空間で起きているが、重力による屈折は空間ではなく、時間と空間をまとめて考えた時空中で起きている。

 大気中の光の屈折の図では、地表からの距離が遠くなる(高くなる)ほど屈折率が小さく(光の速度は速く)なっている。一方、重力による光の屈折の図では地表からの距離が遠くなる(高くなる)ほど位置エネルギーが大きくなり光速は速くなっている。

 前者の場合、光が曲がる理由は単純で、2点間を最短時間で移動する場合にはまっすぐ移動するより、遠回りしても上空の速度の速いところを通ったほうが短い時間で移動できるからである。

 これはこんな状況を考えるとわかりやすい。下の図のA地点からB地点に行きたいとする。しかし、左半分は泥濘(ぬかるみ)で歩くのが大変。右半分は乾いた地面。さて、あなたはどんな経路でA地点からB地点まで行きたいだろうか? 

 A地点からB地点を結ぶ直線? いやいや、きっと泥濘を移動する距離は最低限にしてA→C→Bと移動したいと思うだろうし、実際、このほうがきっとはやくB地点にたどり着ける。あなたが泥濘を避けたいのと同じように光も速度が遅いところは避けて最短距離を進む。その結果、光は「屈折する」ことになる。

 重力による光の屈折が起きるのも同じような理由だが、そこで最短時間で移動するのではなく、時空間内での移動距離が最短になるように移動する。最短なら直線がもっとも短いのではないかと思うかもしれないが、高いところ(=位置エネルギーが大きいところ)を移動したほうが「距離」が短くなることが知られており、これが「時空が曲がっている」と言われるゆえんとなっている。

 実際、重力による光の屈折は別名「重力レンズ」と呼ばれており、地表(=星)から距離が遠いほど屈折率は小さい(=光速は速い)ことが知られている。

 実は、「重力があると光が曲がる」という現象を説明する方法には、2つのアプローチがある。ひとつは、アインシュタインの一般相対性理論を用いたもの、もうひとつは高校で習ったニュートン力学の範囲を超えないように説明する方法だ。

 高校で習う物理学では、質量がゼロなら重力はゼロになる。どうやって光が「曲がる」ことを説明するのかと思うかもしれないが、ニュートン力学でこれを説明することは可能だ。

 もともと、物が重力で落下するときの重力の大きさはその物体の質量に比例する。

つまり、

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重力=質量×重力加速度

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 と書ける。ここで重力加速度は質量によらず一定である。加速度が一定ということはどんな質量のものを考えても、まったく同じような軌跡を描いて落下するということである。

 軌跡が質量の大小に関係ないなら、ゼロでもいいんじゃないか、と考えることもできそうだ。ならば、質量がゼロの光も、質量が有限の質点と同じ軌跡を描いて落下するはずだ。これが高校で習う普通の力学で考えた場合の光の軌跡である。

 かなり屁理屈っぽい感じはするが、質量がゼロの光の場合も成り立つと強引に言い張ってしまえば、ニュートン力学であっても、光がどのように曲がるか計算できる。この計算結果と一般相対論の予測は幸いにも異なっていたので、どっちが正しいかの白黒をつけるのに使うことができた。

 決着をつけたのは、天空の星から来た光が太陽のそばを通過するときにどれくらい曲がるか、の観測である。普通は太陽がまぶしすぎて星の光なんて見えないのだが、日食のときはこれが可能だ。そして観測の結果、一般相対論のほうが正しいと結論された。

 20世紀初頭の著名な天文学者エディントンは、相対性理論による光の屈折を観測するため、1919年5月29日の日食をわざわざアフリカのプリンシペ島に遠征して観測した。

 そのとき撮影した太陽の近くに見えるヒアデス星団中の恒星の写真を太陽がそばにいないとき(つまり夜間)の位置と比べることで、太陽のそばを通過した光が何度くらい曲がったのか計算したのだ。

 計算結果はニュートン力学による予測より、一般相対論の予測のほうが観測結果に近かった。これは一般相対論の最初の実験的な(観測的な)確認になった。

 質量がない光さえ重力で曲げられてしまうのだからそもそも「等速直線運動」を考えようと思ったら空っぽな宇宙にたった1個の質点とか、たった一筋の光しかない(つまり、質点や光が通過するべき空間を歪めるものが存在しない)という状況以外ありえない。

 そういう意味では「等速直線運動」は現実にはありえないほど理想化された状況にしか出現しないものである。にもかかわらず、わりと簡単に実現できるように考えられるのは、そのずれがとっても小さくてまず目に見えないからにすぎない(高校では台車などを使って等速直線運動の実験を行うことになっている)。

 下の図は一般相対論で議論される、質量によって歪んだ空間の例であるシュヴルツシルト解。中心にブラックホールに相当する質点がある。

 実際の空間は3次元なのでこのような絵を描くことはできない。

 この解は完全な真空の場合の解である真空解でもあることが知られているので、中心の一点以外の宇宙空間になんの物質もなくても空間がこんなふうに曲がってしまうことはありえる(もっとも質量を真ん中に置かないでこういう空間を作り出す方法があるとは思えないが)。