気候変動にも適応するサントリー登美の丘ワイナリー、高みを目指すジャパニーズワインの産地を見てきた

AI要約

サントリー登美の丘ワイナリーでのワインづくりの取り組みを紹介。自社畑で栽培されるぶどうの品質にこだわり、異なる区画や品種で栽培することで個性豊かなワインを生産。

気候変動に対応するため、新しい品種の導入や栽培手法の改善も行われており、さらに醸造工程においても設備投資が進められている。

ワインづくりには多くの手間と時間がかけられており、希少価値の高いワインが生産されている。

気候変動にも適応するサントリー登美の丘ワイナリー、高みを目指すジャパニーズワインの産地を見てきた

 近頃はコンビニでもさまざまな種類のワインが棚に並び、お手頃価格でおいしいワインがいつでも楽しめるようになった。そんななか、輸入ワインよりも国産ワインのほうが比較的高い値段で販売されていることが多いように感じることもある。

 高いワインは高いなりに理由がある、というのは、山梨県にある「サントリー登美の丘ワイナリー」を訪れたことで改めて気付かされたこと。ウイスキーに追いつけ追い越せとばかりに、世界でも徐々に存在感を高めているサントリーの手がけるジャパニーズワイン、そのものづくりの現場を取材した。

■ 富士山を望む、25ヘクタールの自社農園

 サントリー登美の丘ワイナリーは、JR中央本線の竜王駅、もしくは塩崎駅からタクシーで15分ほどのところにある(甲府駅から無料シャトルバスも運行している)。甲府盆地北側の丘陵地帯に位置し、南に富士山を望む抜群のロケーションだ。最近とみに有名になってきたほったらかし温泉の真西(直線距離で10km余り)にある、といえば分かりやすい方もいるだろうか。

 同ワイナリーではワインの製造を行なっているのは当然として、自社所有の25ヘクタールの畑で原料となるぶどうも栽培している。敷地内は見学が可能で、「FROM FARM ワイナリーツアー」などの見学ツアーではぶどう畑や熟成庫の見学に加えてワインのテイスティングもある(有料、要Web事前予約)。富士山をバックに甲府の街並みを眺められる併設ワインショップでは、誰でも予約なしで買い物できる。

 もともとは1909年に、中央線の敷設にも関わった小山新助という人物が「登美農園」として開園したもので、110年を超える長いぶどう栽培の歴史をもつ土地でもある。1936年にはサントリーの前身である寿屋が経営を引き継ぎ、2001年に現在のサントリー登美の丘ワイナリーに改称した。1907年に登場したサントリーの代表作である赤玉ポートワインの原料も、この農園で栽培していたのだという。

 登美の丘ワイナリーの25ヘクタールという圃場は、近隣のぶどう農家の平均と比べてかなり広い面積といえる。そのうえで、サントリーはほかにも県内の中央市、甲斐市、南アルプス市の3か所に計約16ヘクタールの自社管理畑ももつ。甲府盆地における主要栽培品種であり、日本固有のぶどう品種でもある「甲州」のそれら全圃場での収穫量は、2030年に山梨県最大規模の297トンになると見込んでいるほどだ。

■ 50区画に分け、異なる品種・手法でぶどう栽培

 こうした広い圃場を活かして、登美の丘ワイナリーでは甲州のみならずさまざまな品種のぶどう栽培に取り組んでいる。25ヘクタールの圃場全体を50ほどの区画に細分化し、区画ごとに異なるテロワール(環境)を個性として捉え、それぞれに適していると思われる品種や手法を用いている。

 同じ丘陵地帯ではあるものの、各所で地形や土壌が異なり、標高も違えば日当たりの具合も違う。極端にいうと、標高が高くて日当たりのよくない区画と、標高が低くて日当たりのよい区画とを比較したときには、年間気温はまるで違うため、ぶどうの生育の仕方も変わってくるだろう。

 そういった区画ごとの環境の違いがあることを前提に、たとえば甲州は計9区画で栽培している。水はけのよい区画では棚栽培で、日当たりのよい区画では垣根栽培で、といったような形だ。これにより、同じ甲州でも香りや味わいなど、できあがるぶどうの個性が変わってくる。

 特に甲州は糖度が上がりにくい(醸造時にアルコール度数を高めにくい)品種とされており、栽培時の工夫でいかに糖度を上げられるかが重要。また、甲州が本来もつ香りのよさなどの特性も活かしながら同社が求める味わいを実現するには高い「凝縮感」が鍵になるとの考えから、それに適した区画や(同一品種のなかで性格の異なる)系統を選定している。さらには同じ区画内のぶどうでも完熟度合いに応じて分けて収穫し、別のワインにするというきめ細かな作業も行なう。

 このような取り組みを継続してきたことで明確な効果も出始めた。区画によって香りや渋味などに違いがあるほか、同社白ワイン銘柄のフラッグシップの1つである「登美 甲州」向けの区画で栽培された甲州と、それ以外の区画で栽培された甲州とでは、2022年時点で糖度に最大約4度もの差が生まれているのだとか。

 他地域のぶどう畑となれば、違いはより顕著になる。登美の丘ワイナリー付近の穂坂エリアや甲府エリアでは「凝縮度が高く、バランスのよい酸味」だが、南アルプスエリアだと「引き締まった酸味」になるという。このように場所ごとに異なる性格のぶどうを単独で、あるいは組み合わせて使用することで、サントリーが目指す品質のワインに仕上げていくわけだ。

■ 気候変動に合わせた品種の導入、栽培手法にも取り組む

 現在登美の丘ワイナリーで栽培している主なぶどう品種には、白ワイン向けには甲州、シャルドネ、リースリングなど、赤ワイン向けにはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、プティ・ヴェルドなどがある。

 ほかにも最近はアルバリーニョやマルスランといった品種も植え始めているが、このように多くの品種を扱っているのは、その年の天候や気候変動に適応するため、というのも理由の1つにあるようだ。

 ワイン向けのぶどう栽培に適した、いわゆる「ワインベルト」と呼ばれる緯度の地域が世界的に北上する傾向にある、という話を耳にしたことがあるのではないだろうか。地球温暖化によって、これまでのワイン産地がそうでなくなる可能性が指摘されていたりもする。

 そうした気候の変化が甲府盆地でも表れ始めているようだ。本来なら夏季でも涼しい夜の時間帯があることでワインに向いた果実として成熟していくところ、温暖化によってそれが妨げられてしまう状況になっているのだとか。

 もともと登美の丘ワイナリーは、県内のほかのぶどう畑より比較的標高の高い場所にあり、収穫期もほかより1か月ほど遅い。収穫タイミングが変わってくることで香りの質や酸味にも違いが出てくるため、気候変動の影響で収穫期が早まったりすれば狙った品質にすることが難しくなる。

 そこでサントリーでは、成長し始めた枝を剪定する「副梢栽培」という手法により収穫期を40日ほど遅らせて、晩秋の冷涼な期間に成熟期を迎えるようにする取り組みを行なっている。現在はごく一部での採用に留まるが、今後ますます温暖化が進めば、この副梢栽培が中心になっていく可能性もあるのかもしれない。さきほど挙げたアルバリーニョやマルスランも、温暖化環境に適応できる品種ということで試験的に栽培が始まっているものだ。

 さらには、それらとは違った視点での環境改善活動も広げている。そもそもの気候変動を抑制しようという考えから、従来は廃棄されていたぶどうの木の剪定枝を炭化させ、それを肥料のように畑の土壌に投入したり、下草などをそのままにしておく草生栽培を実践したりして、大気への二酸化炭素排出量を低減する、といった取り組みだ。

 ちなみに同ワイナリーの赤ワインのフラッグシップとしては「登美 赤」があるが、そこに使用するぶどう品種は常に一定ではなく、その年のぶどうの出来に合わせて配合する品種や割合をさまざまに変えている。気候変動でぶどうの品質にさらに違いが出てくるのだとすれば、高品質なワインに仕上げるために一段と細かな調整が必要になり、まったく新しい品種を組み合わせるようなこともありうるのかもしれない。

■ 新たな醸造棟の設置など積極的な設備投資も

 畑レベルでの取り組みだけでなく、新たな設備投資など製造工程における取り組みも進めている。たとえば2022年には、収穫したぶどうをできるだけ傷つけずに搬送し、仕込む手法を確立したほか、優しく圧搾して品質の高い果汁を得られるようにする機械を導入している。

 さらに2025年9月には「新・醸造棟」の設置を計画しており、醸造や貯蔵のキャパシティを拡大する。これによって仕込み用の小容量タンクが40台追加され、一層きめ細かなワインの作り分けも可能になるという。

 このように、ワインづくりは単純にぶどうを大量に育てて搾って樽に入れてできあがり、というわけではない。その工程のあらゆる部分で手間と時間をかけ、こだわり抜いて作られていることがよく分かる。

 栽培品種が多ければその分それぞれの収穫量も小さくなり、生産量が絞られて希少価値も上がるに違いない。それを思えば、登美の丘ワイナリーのワインはむしろ「こんなに手頃な値段でよいの?」と感じてしまう。

 登美の丘ワイナリーでは8月末から収穫が始まったばかり。ここから1、2年もすれば、そのぶどうを原料にしたワインが登場するはず。今売られているワインと、これから作られるワイン、どんな風に味わいが変わっていくのかを確かめるのもワインの楽しみ方の1つ。少しお高めでも、今度の記念日に選んでみて、登美の丘に思いを馳せてみてはいかがだろうか。