5P分をさっと読み飛ばし6P目から再開もOK…元いじめられっ子作家が推奨「秒で別世界へ飛べる」本のジャンル

AI要約

SF小説は科学を題材にした作品であり、専門知識が必要なイメージがあるかもしれませんが、気楽に楽しむことが重要。

物語の理屈や詳細を理解できなくても大丈夫であり、読み飛ばしても問題ない。再読をして、作品や自分自身の変化を楽しむことも推奨。

SF小説は過去の時代や未来、現在の自分を考えるのに適しており、時間を置いて再読することでより深い楽しみが得られる。

ロボット、宇宙、時間旅行……日常にない題材が扱われ、少し難しそうなSF小説。科学が苦手な素人でも楽しむ方法を、SF作家の池澤春菜氏に聞いた。

■難しいワープ航法の理屈はさっとワープ

 SF小説は難しくて、気晴らしで読むのに適さない――。そんなイメージをお持ちの人は多いかもしれません。しかし、それは誤解。SF小説は娯楽です。堅苦しく考える必要はなく、もっと気楽に読んでいいのではないでしょうか。

 たとえば時代小説を読んでいるときに「天水桶」という単語に出くわしたとします。天水桶は防火用に雨水を溜めておく桶ですが、どんな大きさでどこに置かれているかというところまで知っている人はそう多くないはずです。でも、その程度のぼんやりした知識でも時代小説は十分に楽しめるし、実際、そこで挫折して読むのをやめる人はいませんよね。

 SF小説も同じです。サイエンスの知識がなくて不安だと思うかもしれませんが、わからなければ読み飛ばしてかまいません。かくいう私も、ハードSFの理論の部分はやや苦手。ワープ航法の難しい理屈が5ページにわたって説明されていたら、さっとワープして6ページ目から再開です(笑)。

 世界的ベストセラーになった劉慈欣(りゅうじきん)の長編『三体』も、一言一句を理解しなければいけないと気負う必要はないと思います。冒頭の文化大革命を描いたシーンは、歴史が苦手な人にとっては少々大変かも。ただ、そこを抜ければ楽しいSFの世界が待っています。冒頭が読みづらければ飛ばしても読み進めてもいいし、続きを読んだ後に冒頭に戻って「ああ、こういう発端だったのか」と楽しんでもいい。自分が読みやすいように読むのが楽しみ方のコツです。

 もっと言えば、一度で理解しようとしなくてもいいのです。私は、本は再読をするものだと考えています。なぜなら、本は書かれた時点から変わらないけれど、それを読む私や、私が置かれた社会は時とともに変わっていくからです。

 たとえば私が何度も読み返す一冊にサン=テグジュペリ『星の王子さま』があります。子どもの頃は、王子さまにわがままを言うバラに対して「なんてひどいやつなんだろう」と思っていました。でも、読むたびに印象が変わって、「バラはかわいそう。精一杯の強がりなんだね」と感情移入するようになりました。

 「社会が変わった」と実感するのはエドモンド・ハミルトン『キャプテン・フューチャー』。この作品では宇宙船の中でタバコを吸うシーンが出てきます。私が子どもの頃は新幹線でも飛行機でも大人がタバコを普通に吸っていたのでひっかかりませんでしたが、今読むと「宇宙船の中の空気は大丈夫!?」とぎょっとします。

 小説全般でいえば、女性の言葉遣いもそう。昔の作品は、女性は「~だわ」とか「~かしら」といった役割語を話していて、会話だけでも性別がわかるように描かれていました。でも、実際に今そんな話し方をしている人は少ないですよね。役割語が残った昔の作品を読むと違和感を覚えたので、私自身が小説を執筆したときには意識的に役割語を削りました。

 今の価値観で過去を断罪する意図はありません。ただ、以前読んだときに何でもなかったことが気になるのは、社会のありようとともに私自身も変化して前に進んでいるということ。そのことに気づけるから同じ作品を再読するのは楽しいんです。

 今の私が昔の私とどのように変わったか。その立ち位置を知るのに最適なのが、SF小説だと思います。作品が書かれた時代を起点に自分の位置を測るときは「作品」と「私」の2点間の測位です。一方、SF小説は「その作品が書かれた時代」「作品で描かれた未来」「それを読む自分」の3点測位になって、過去と今の自分の立ち位置の違いがより精度高く理解できます。

 このようにSF作品は時を置いて読むとより楽しめます。ですから一度で理解しようとしなくていいし、途中でわからないところがあったからといって本を閉じなくてもいい。もっと気楽に読んでもらえればと思います。