やらされている仕事で「やりがい」は生まれない…古典落語『芝浜』が説く「仕事で行き詰まった時の対処法」とは

AI要約

魚屋の亭主・勝五郎が芝浜で大金を拾い、その出来事を夢だと思い込んで酒浸りの生活を送る。しかし、妻から事実を明かされて改心し、真面目に働くようになる。最終的には妻との信頼関係を取り戻し、幸せな日々を送ることができる。

落語『芝浜』は、人間の欲望や誤解、信頼の大切さを描いた名作であり、現代でも共感を呼ぶ普遍的なテーマが描かれている。

魚勝の物語を通じて、自らの選択に責任を持ち、不正や嘘に対して正しく向き合うことの重要性を教えてくれる。

現代に生きる我々が古典落語から学べるものは何か。落語家の立川談慶さんは「『芝浜』は、なぜあなたが仕事に身が入らないのかを教えてくれる。自分が選んだ仕事を『やらされている』と感じているうちはやりがいなど生まれない」という――。

 ※本稿は、立川談慶『落語を知ったら、悩みが消えた』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

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腕はいいのだが、酒におぼれる魚屋の亭主・勝五郎、通称魚勝という男。

ある日、女房に怒られて、しぶしぶ久しぶりに商いに出かけたのだが、女房が時間を間違えて起こしてしまったため、魚勝は芝の浜で時間をつぶすことになる。が、そこでなんと、大金の入った革財布を拾う。魚勝は喜んで帰宅し、「落とし主なんかどうせ現れない! 酒だ、肴だ!」と女房に言い放ち、友達を呼んで昼から飲めや歌えやの大騒ぎをした後、また酔いつぶれて寝てしまう。

翌朝、「商いに行ってよ」と女房に叩き起こされる魚勝。「冗談言うな、昨日拾った金がある」と言ってまた寝ようとするのだが、女房は「お金を拾ったなんて、あり得ない。そもそもお前さんは商いに行っていないじゃないか。そんな夢を見るなんて、情けないよ」と泣きながら訴える。

「そうか……えれえ夢を見ちまったもんだ。我ながら情けねえや」と、女房の言葉に目が覚めた魚勝は改心し、酒をピタリとやめ、人が変わったようにまじめに働きはじめる。

そして、3年が経った大みそか。女房は、大金の入った革財布を奥から取り出し、「3年前の話は、あれは夢じゃなかった。お前さんは本当に拾ってきたの」と打ち明ける。あの日あのとき、女房が財布の件を大家さんに相談したら「全部夢にしちまえ。そうしないとあいつは立ち直れない。拾った金なんか使いこんだら、捕まって罪人になっちまう」と言われたので、必死にウソをついていた、とのことだった。

号泣しながら詫びる女房に対して、魚勝は怒るどころか感謝する。打ち解けた2人。女房が酒を勧め、魚勝も口をつけようとするのだが、途中でやめる。「よそう、また夢になるといけねえ」

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■語り継がれる『芝浜』

 年末恒例の大ネタ中の大ネタともいうべきネタです。

 かつては「三木助の芝浜」とまで言われていた桂三木助師匠の十八番を、談志は現代風にアレンジしながら、晩年「ミューズが舞い降りた」と本人が述懐するほどまでに極みを追求したものでした。

 以後、さまざまな落語家が、それぞれの立場と時代に応じた価値観の変化を取り入れながら、現在まで語り継いでいます。