嫌な記憶を「新しい記憶」で塗り替えよう…行動が重要になる【科学が証明!ストレス解消法】

AI要約

宣言的記憶と非宣言的記憶の違いについて。

非宣言的記憶がトラウマなどの厄介な記憶を形成し、再固定化される仕組み。

新しい記憶を獲得することで既存の非宣言的記憶を上書きする重要性。

嫌な記憶を「新しい記憶」で塗り替えよう…行動が重要になる【科学が証明!ストレス解消法】

【科学が証明!ストレス解消法】#176

 人間の記憶には、いくつかの種類があり、主に「宣言的記憶」と「非宣言的記憶」に分かれるといわれています。

 前者は、言葉にできる記憶のことを言い、意識的に思い出すことができる記憶のことを指します。たとえば、「今年の年末年始はハワイに行った」「昨日は友人とピザを食べた」といったエピソード(経験)や、「日本の首都は東京」といった一般的な事実などが該当します。

 対して後者は、言葉にすることが難しい記憶のこと……意識的に思い出すことが難しい記憶のことを言います。たとえば、自転車の乗り方を思い返してください。自転車に乗るとき、皆さんはいちいち記憶をたどって、自転車の操縦を行うでしょうか? 無意識に動かしていますよね。こうした言葉にしなくても記憶として定着しているもの──技能や習慣などの記憶が非宣言的記憶とされています。

 いわゆる「トラウマ」と呼ばれるものの中で、思い出したくない記憶や、嫌悪反応に関わる記憶は、この非宣言的記憶によるものです。意識していないのに記憶がよみがえってしまうわけですから、とても厄介ですよね。

 さらに厄介なのは、いったん記憶したものを思い出すと、その記憶のみが不安定化し、再固定化されることです。ヘビが嫌いな人が、遭遇してもいないのに、「ヘビと遭遇したと想像する」だけで、もう一度記憶され直すように、嫌な記憶というのは、実際にそれが起こる、起こらないにかかわらず再固定化されてしまうのです。非宣言的記憶は、反復によって強化されてしまうというわけです。ですから、嫌な記憶に関しては、極力イメージしないようにすることです。

 また、新しい記憶を習得することで、既存の非宣言的記憶を上書きすることもできます。新しい記憶を新しい行動と言い換えてもいいでしょう。

 アメリカのノートルダム大学のラドバンスキーらは、「部屋を移動すると記憶を忘れやすくなる」という研究(2011年)を発表しています。この実験は、おもちゃのブロックを使用し、テーブルから他のテーブルにブロックを運ぶといったシンプルなものでした。

 このとき、ブロックを運ぶ際に、扉を開けて部屋から部屋へ移動する──というワンクッションを設けると、直前にどんなブロックを運んでいたか忘れやすくなるという結果が明らかになったといいます。

 これは、「扉を開ける」という新しい行動が、脳の短期記憶(ワーキングメモリー)を刺激することで、直前の記憶が上書きされてしまうからだと考えられています。このように、ささいなことでも記憶は上書きされるわけですから、新しい行動をすることは精神衛生面において欠かせないアクションというわけです。

 過去を生きるのではなく、今この瞬間を生きた方がいいというのは、脳の観点においても変わりません。古い記憶は、新しい記憶によって上書きすることができる。だからこそ、行動が重要になってくるのです。

(堀田秀吾/明治大学教授、言語学者)