憲法学者・木村草太×酒井順子 婚姻について学ぶ「家制度の始まりから現在まで。導入される前は夫婦別姓だった」

AI要約

夫婦同氏制についての選択的夫婦別姓導入を求める声と、その背景にある男性の本音について考察。

自民党議員の多くが選択的夫婦別姓導入に反対する理由と、家父長制の幻想に根差した本音についての分析。

別姓である夫婦がいたとしても既存の制度に影響を及ぼすことはないこと、また通称使用の適法性についての現状を示唆。

憲法学者・木村草太×酒井順子 婚姻について学ぶ「家制度の始まりから現在まで。導入される前は夫婦別姓だった」

婚姻の際、夫婦がどちらかの姓にしなければならない夫婦同氏(どううじ)制。義務づけているのは世界で日本だけだ。同姓にするか別姓にするかを選べる《選択的》夫婦別姓導入を求める声は根強いが、半世紀にわたり進まない。同性婚の法制化は、同性同士の結婚を認めない民法と戸籍法の規定が「違憲状態である」と札幌高裁が判断、次の一歩が期待されているが――。法律婚を望む2人を阻む〈制度〉の課題。酒井順子さんとともに婚姻にまつわるあれこれを木村草太さんに学ぶ(構成:篠藤ゆり 撮影:本社・武田祐介)

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◆「選択的夫婦別姓」に反対する人の本音とは

酒井 民法750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」とあり、戸籍法でも婚姻届を提出する際、夫婦が称する氏を記載することが定められていますね。

木村 それが夫婦同氏制です。

酒井 「夫又は妻の氏」とあるのに姓を変えるのは女性が圧倒的に多く、2022年の内閣府の調査によれば全体の95%だとか。

改氏による職業上、日常生活上、精神的な不便・不利益が指摘されて半世紀は経ちますし、今年に入って経団連が選択的夫婦別姓導入の実現を政府に求めたこともありました。壁は政治ですか。

木村 1996年に、法務省の法制審議会が答申した夫婦別姓を認める法改正案が、自民党議員の反対多数で国会提出に至らなかった、ということがありました。別姓反対論者は戸籍制度を守るとか伝統的な家族観とかもっともらしいことを言っていますが、本音は違うと思いますね。

酒井 「家族の一体感が失われる」とかそういうことですか。

木村 選択的夫婦別姓が導入されたら、自分の妻が氏を変えたいと言い出すかもしれない。単にそれが嫌なんですよ。「妻に嫌われてるかもしれない」と不安を抱いている夫層が多いから。

酒井 え、そんな理由!?(笑)

木村 そんな理由でも、男性にとっては恐怖だと思いますよ。だって夫婦同姓でなきゃいけないまともな理由なんて、一度も聞いたことがないでしょう。往々にして、表に出せないくらい本音が恥ずかしいときほど、うさん臭い説明になりやすい。(笑)

酒井 それは驚きです! 木村さんはどういう点からその確信を得られたんでしょう?(笑)

木村 この問題を研究して長いので、当事者の話をたくさん聞いてきましたから。直接話を聞けば、本音はわかります。

酒井 じゃあ、自民党議員の多くが、わりとそういう不安を抱えているわけですか。

木村 加えて、その不安に共感する支持者も多いと考えている。いずれにせよ、不安を感じているのはこれから結婚する人より、すでに結婚している人たちです。

酒井 まあ、家父長制への幻想というか思い入れが大きいとは思っていましたが、妻子に離反されることが怖いんですね。でも自分が「嫌われてる」という自覚はあるんだ……。

木村 家父長制は、家長が自分の氏のなかにいる人に対して絶対的な支配権を持つシステム。だから酒井さんがおっしゃったことと先ほどの話はイコールなんです。自分の支配下にあるはずの妻が、氏を変えたいと言い出すのが怖い。

すでに結婚していて同氏でうまくいっているなら、他人が別氏で結婚したところでどうでもいいじゃないですか。なぜあんなに頑なに反対するのか。どこかでわがこととして考えているからでしょう。

酒井 ということは、導入はやはり難しいんでしょうか。

木村 そうでもないと思いたいですね。別氏の夫婦がいたところで、困ることはないと多くの人が理解できている。通称の使用が認められているわけですから。

酒井 仕事の場で旧姓を使用する人は多く、さまざまな不便を強いられていることもあるわけですが。

木村 ただ、今度は「通称使用は適法なのか」という問題がありまして。民法750条に「夫又は妻の氏を称する」と書いてあるのだから、通称使用の適法性こそ実は説明しにくい。にもかかわらず国会、内閣、裁判所のいずれも通称使用を認めている。三権の長がみんなで脱法しているのが現状です。(笑)