【追悼】ハーブ研究家・ベニシアさんが人生と遺した言葉たち――人生に嵐が訪れたときは

AI要約

イギリス出身のハーブ研究家ベニシア・スタンリー・スミスさんの波乱万丈な人生を振り返る。

京都での人生、結婚、子育て、離婚、再婚など濃密な人生を送ったベニシアさん。

夢中になることの大切さや喜びを伝えるベニシアさんの言葉から、生き方を考える。

【追悼】ハーブ研究家・ベニシアさんが人生と遺した言葉たち――人生に嵐が訪れたときは

京都・大原。のどかな里山の風景が広がるこの地で、自然に寄り添いながら、手作りのライフスタイルを愛したハーブ研究家のベニシア・スタンリー・スミスさん。波乱万丈だった72年の生涯の中で、ベニシアさんが遺した言葉をご紹介します。

※このインタビューはベニシアさんの生前2013年当時のものです

“人生に嵐が訪れたとき、

雨がやむのを待つとつらくなるけど

その中で踊れば幸せは続くの”

“夢中になると「楽しい」っていうプレゼントをもらえる。

そのプレゼントを使って生きることがいいのね。

私には庭があってよかった”

月桂樹の木陰が心地よい通称「森の庭」で微笑むベニシアさん、インタビュー時の言葉です。日本に暮らして43年。63歳の頃のベニシアさんのインタビューから、その波瀾万丈だった人生を振り返ります。

1950年、イギリス生まれ。京都・大原で、ハーブ研究家、英会話学校「ベニシア・インターナショナル」主宰。NHK放送番組「猫のしっぽカエルの手 京都大原ベニシアの手づくり暮らし」で注目を集める。著書に『ベニシアのハーブ便り』『ベニシアの京都里山暮らし』など。2023年6月、72歳で逝去。

「本当の幸せって何だろう」。その答えを求めて日本に来てから、あっという間でした。私の半生は「人生って何が起きるか、ほんまにわからんなあ」ということの連続でした。

私は、生まれ育った貴族社会に疑問を抱いて、19歳でイギリスを飛び出し、20歳で日本に来ました。京都で出会った男性と最初の結婚をしたのが23歳のとき。一男二女を授かり、母となった私は、日本に新たな幸せを見つけました。

京都で英会話学校を始め、生徒数は200人近くまで膨れ、夜まで働き通し。家事・育児をこなすハードな毎日に、元夫は協力的ではなかった。結果、結婚生活は13年でピリオドを打つことになりました。

女手ひとつで9歳、12歳、13歳の子ども3人を食べさせねばならないわけですから、大変です。私はもともと芯の強い人間でしたが、故郷から遠く離れた地で、本音は孤独だったんだと思います。

そんなとき心の拠り所となった存在が、よく通っていたインド料理店の店主だった今の夫(山岳写真家・梶山正)でした。私より9歳年下だったけれど、正には「寂しい」と本音を言えた。私たちは夫婦となり、翌年息子が生まれました。43歳で4度目の出産を経験できたのは、本当に幸せなことでした。