辞職覚悟の挑戦だった『ガールズバンドクライ』 ヒットへの道筋を平山Pに聞いた

AI要約

東映アニメーションの平山理志プロデューサーが語る、オリジナルアニメ『ガールズバンドクライ』をヒット作品に育て上げる取り組みと挑戦の過程。

CG技術の進化を活かしたイラストルック+フルコマの映像制作と、海外ファンの獲得から始まる作品認知度の拡大戦略。

東映アニメーションの挑戦的な姿勢や新しい技術開発によって、日本のアニメ業界の牽引役としての役割を果たす可能性について。

辞職覚悟の挑戦だった『ガールズバンドクライ』 ヒットへの道筋を平山Pに聞いた

認知度ゼロのオリジナルアニメを1クール(3ヵ月)で人気作品に育て上げるための仕掛け、環境、覚悟とは。『ガールズバンドクライ』をヒットに導いた東映アニメーション平山理志プロデューサーに語っていただいた【インタビュー後編】。

〈前編はこちら〉

 

「誰も知らないCGアニメ」をいかに見てもらうか?

 今の若者のリアルを反映し、少女たちの自活の苦労や怒りの感情も隠さず描いたバンドアニメ『ガールズバンドクライ』。指揮を執ったのはアニメ『ラブライブ!』を立ち上げた平山理志プロデューサーだ。

 

 本作は東映アニメーション内でもCG技術の進化を期待されたオリジナルTVシリーズ。「CGで誰も見たことがない映像を作りたい」という目標を持った平山氏だが、「イラストルック+フルコマ」という映像づくりの壁は予想以上に高かった。

 

 ようやく映像の完成が見え始めたが、「お客様の認知がゼロの状態」からスタートするオリジナル作品を、1クール(3ヵ月)で人気作品に育て上げる必要がある。仕掛け、環境、覚悟。どれが欠けても成立しなかったプロジェクトを氏に語っていただいた。

 

『ガールズバンドクライ』ストーリー

 

高校2年、学校を中退して単身東京で大学を目指すことになった主人公。仲間に裏切られてどうしていいか分からない少女。両親に捨てられて、大都会で一人バイトで食いつないでいる女の子。

 

この世界はいつも私たちを裏切るけど。

何一つ思い通りにいかないけど。

でも、私たちは何かを好きでいたいから。

自分の居場所がどこかにあると信じているから。

 

だから、歌う。

 

STAFF

原作・企画・製作:東映アニメーション、シリーズ構成:花田十輝、音楽プロデューサー:玉井健二(agehasprings)、劇伴音楽:田中ユウスケ(agehasprings)、キャラクターデザイン:手島nari、CGディレクター:鄭 載薫、シリーズディレクター:酒井和男

 

CAST

井芹仁菜:理名、河原木桃香:夕莉、安和すばる:美怜、海老塚智:凪都、ルパ:朱李

 

■Amazon.co.jpで購入

 

【Amazon.co.jp限定】TVアニメ『ガールズバンドクライ』Vol.1<豪華限定版> (CD付)(特典:スマホキーリング+全巻購入特典引換シリアルコード(紙)+描きおろし色紙付) [Blu-ray]ガールズバンドクライユニバーサルミュージック

 

 

【Amazon.co.jp限定】TVアニメ『ガールズバンドクライ』Vol.2<豪華限定版> (CD付)(特典:スマホキーリング+全巻購入特典引換シリアルコード(紙)付) [Blu-ray]ガールズバンドクライユニバーサルミュージック

 

「イラストルックでフルコマ」なら誰も見たことない映像になる

―― オリジナル作品『ガールズバンドクライ』(以下『ガルクラ』)は「地に足がついている/リアル」を追求して、主人公の仁菜が上京して自活する苦労や、怒りの感情もストレートに描く、そして声優も務めるバンドメンバーをオーディションでゼロから集めるなど、美少女アニメの枠を超えたチャレンジがありました。

 

平山 映像面でも、誰も見たことがない映像づくりにチャレンジしたいと思っていました。

 

 僕は手描きアニメをずっとやってきたこともあり、3DCGアニメにすごく興味があったのです。今回は、東映アニメーション側からも「CGでやってほしい」というリクエストがあり、両者の希望が一致しました。

 

―― 結果、独特の映像になりましたね。どういった技術なのでしょうか?

 

平山 CGの挑戦としては2つありました。1つは「イラストルック」です。

 

 イラストルックとは、東映アニメーションが映画で先行して『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』と『THE FIRST SLAM DUNK』で採用しています。『ガルクラ』ではそのイラストルックをTVシリーズで、かつキャラクターデザインの手島nariさんの絵をそのまま動かして魅力的に見せるべく、イチから技術開発を進めていきました。

 

 もう1つの挑戦は「フルコマ」です。

 

―― イラストルックかつ、フルコマですか。日本の3DCGアニメって確か。

 

平山 はい、日本の3DCGアニメはリミテッドが基本だと思います。キャラクターの動きなどにメリハリを付けたいときに使う手法です。3DCGには作画枚数の制限がないにもかかわらず、日本の3DCGアニメで止め絵的な見せ方になっているのは、これまでの手描き作画に合わせているからです。

 

 でも今回は「3DCGならでは動きの魅力を追求したい」と思い、すべてのコマを動かすことに挑戦することにしました。

 

 イラストルック×フルコマ。この両方を合わせたCGにすれば、誰も見たことのない映像になるだろうという発想からCG開発が始まりました。開発が大変になることは予想していましたが、オリジナルアニメですし、お客様に「こんなの見たことない!」と、新たな映像の魅力を感じてもらいたかったので。

 

 

TVアニメ『ガールズバンドクライ』ノンクレジットオープニング|トゲナシトゲアリ「雑踏、僕らの街」

 

2Dの日本アニメはいずれ世界に追いつかれる

―― 開発が大変になると予想ができたにもかかわらず、誰も見たことがない映像にこだわった理由は?

 

平山 『ガルクラ』から少し話が離れてしまうのですが、「日本のアニメの技術的発展」を考えたときに、「2D作画」に関しては、技術が天井に近いところまで到達していると思っています。

 

 先人たちが長い年月をかけて積み上げてきたものが大きく、技術面でやれることはやり切っています。そういう意味ではここから先、ブレイクスルーを伴うような技術的発展はなかなか望めないだろうと。

 

 そして制作費に関しても技術の発展に伴って手間がどんどんかかるようになり、それに応じて費用も上がっています。そういった状況でここから先、日本のアニメはどのように世界と戦っていけば良いのかずっと考えているのです。

 

 技術がすでに天井に近い手描きアニメで諸外国と戦うとすると、いずれ中国などに追いつかれ、追い越されてしまいかねません。なぜなら最後は資本力での殴り合いになるからです。

 

―― 日本のアニメ作品は、配信を通して世界中で見られるメジャーな娯楽になりました。魅力が伝わるにつれ諸外国でも「日本風のアニメ」が作られ始め、これまで独自のポジションを築いていた日本さえも諸外国との競争をまぬがれなくなった、ということですね。

 

平山 そうです。2Dアニメに関しては、中国をはじめ、日本と同等の技術力を持つ地域が出てきています。彼らと同じ土俵で戦うことになったら、勝負を分けるのは資本力の差。そこはクリエイター個々人の努力ではなかなか超えられない領域なのです。

 

 一方で、「3DCGアニメ」分野はまだ新しく、発展の余地が大いにあります。アメリカが先行していますけれど、それ以外はどの国も似た立ち位置です。ですから、このタイミングで新しい3DCGアニメのジャンルを作ることができたら、そのジャンルで1位になれるだろうとも思いました。

 

―― 「そのジャンルの1位を狙う」のは、限られた資本力で創意工夫をする日本らしい勝ち方という気がします。

 

平山 そうかもしれません。せっかく3DCGでやるなら、イラストルック+フルコマで新しい映像を追求したほうが面白いでしょう。東映アニメーションとしてもTVシリーズでやるからには、何かしら技術的なブレイクスルーが欲しいと考えています。ならば挑戦しようと。

 

 それで大変な苦労をすることになったのですが。

 

フルコマは東映でも初めてのチャレンジ

くじけそうになったが、酒井監督は揺るがなかった

―― どのような苦労があったのでしょうか?

 

平山 「お客様からどう見えるか」に一番の不安がありました。イラストルック自体は先に作られた作品があり、お客様からも大きな評価が得られていたので、それが僕らの励みにもなっていました。

 

 でも『ガルクラ』では、イラストルックのCGを「フルコマ」で動かそうとしたために、課題がすごく大きくなってしまったのです。

 

 成功した先の2作品もリミテッドだったので、現場から「本当にフルコマで良いのだろうか」「リミテッドアニメに戻したほうが」という声は制作が動き出してからもずっと出ていました。

 

―― リミテッドアニメに戻したほうが良いという意見は、どんなときに出たのでしょう?

 

平山 フルコマでやってみたら、見覚えのない、見たことがない映像がどんどん上がってくるのです。具体的にはヌルヌルとずっと動いている。

 

 「ヌルヌル動く」というのは、3DCGアニメ制作者にとって「良くないものだ」という意識が刷り込まれています。

 

 しかもイラストルックで始めたので、僕らも最終的にどんな画面になるのかわかりません。先が見えない状態で、ああでもない、こうでもないと議論を重ねながら開発をずっと続けていました。そこが一番つらかったです。ちゃんと着地できるか、ずっと不安でした。

 

―― コスト的には、フルコマとリミテッドでどのくらい違うのでしょう?

 

平山 手間がだいたい通常の3倍かかります。

 

―― それは怖い。フルコマ自体が東映アニメーションでも初めてで、コストが3倍もかかっている。失敗したら。

 

平山 はい。でもそこはシリーズディレクターの酒井和男さんが「いや、違う。怖がるんじゃなくて、まだ発見できていないCGの魅力を引き出してやらなくちゃいけないんだ」と言い続けてくださったことで、フルコマでいくという方針は最初から最後までまったく揺るぎませんでした。

 

 酒井さん的にはこれまでのTVアニメのさらに1歩先を行くCGを目指していたのだと思います。僕らは酒井さんの方針と情熱についていったかたちです。

 

―― 現場の緊張感が伝わってきます。映像として「いける!」という手ごたえは、どのくらいの段階で感じましたか?

 

平山 TVアニメ放送前に作ったYouTube配信用のMV(ミュージックビデオ)の2本目で、ようやく「ここが目指すところかな」というのが見えてきました。

 

 そのままTVアニメの制作に突入して、アニメの工程でいうところの「撮影」が上がってきた段階で、「これなんだ!」とやっと思えるようになりました。もしシリーズディレクターの酒井さんが揺らいでいたら、この映像表現は完成していなかったと思います。

 

 

アニメ放送の1年前から「イラストルック+フルコマ」で制作したミュージックビデオの公開を始めており、アジア地域中心に海外人気が高かった

 

―― 仁菜のほっぺたがムニーって伸びたり、怒ったときに身体からトゲのような無数の線が見えるなど、斬新な表現が数多くありました。第1話では仁菜が転んで落ちたギターが雨に打たれてしまうんですけれど、そのギターの質感に、エモさというか、情緒を感じました。

 

平山 そういった質感は、酒井さんが目指していたところだったと思います。僕にとっては『ガルクラ』で観るCG表現やシーンのすべてが良くて、「すごいものができたんだ!」という喜びと手ごたえがありました。

 

すでに脚光を浴びている場所ではなく

見えにくいところにスポットを当てる

―― おうかがいしていると、平山さんたちのチームの「勝ち方」は、時代の空気を先んじて読むことで、見えにくい鉱脈に飛び込んで勝機をつかみに行く、という面があるように思います。そのスタイルは昔からでしたか?

 

平山 勝機かはわかりませんが、「脚光を浴びていないところにも魅力はある、それを活かしたい」とは思っています。

 

 『ラブライブ! サンシャイン!!』で作品舞台に静岡県の沼津市を選んだときも、ただ作品に風景を出すだけではなく、当時生まれていた「地方創生」や地域コミュニティー活性化といった時代の空気感まで反映しようとしていました。

 

 時代や街そのものが持つ空気感を反映させてアニメを作るのは、『ガルクラ』でも同様です。

 

 『ラブライブ! サンシャイン!!』でも有名観光地は最初に候補から除外していました。以前別の作品で有名観光地を舞台にしたときに、その自治体からは「これ以上観光客が増えても対応できない」と言われてしまったのですが、いわゆる今でいうオーバーツーリズムの問題があるのですね。

 

 なので、ゼロベースでまずはロケハンしてみようということで伊豆半島の東海岸から巡り始めたのですが、元から風光明媚で海が見えるすごく良い場所にはたいていお墓が建っているのです。しかも高校生の姿がない。

 

―― そうだったんですか。

 

平山 困ったなと思って、翌日、今度は伊豆半島の西海岸を巡ろうと、まず沼津のインターチェンジを降りたら高校生がめっちゃいる! スタッフと、良い街だねなんて言いながら海岸線を回ったら海がすごく綺麗で。そのまま近くの旅館でご飯を食べて「すごくおいしい。ここにしよう!」と。

 

 でも沼津の方に舞台にしたいとお伝えしたら、最初はいろんな方から「ここは何もない街ですよ」「アニメの舞台に向いているとは思えない」なんて言われました。

 

―― 地元の方がですか。

 

平山 僕らからすると、「そんなことないですよ、面白いところいっぱいあるし、おいしいものを食べられるし、最高じゃないですか」って。

 

 結果として、僕らが好きな沼津の街をアニメという表現手法で描くことによって、街が本来持っている可能性を表現することができたかなと思います。聖地巡礼に来たお客様たちだけでなく、地元の方々も、自分たちの住んでいるところはすごく良い町なんだとあらためて自分の街が好きになる。そういった循環が生まれるということを沼津で経験できました。

 

川崎の決め手は、隣に●●があるから!?

―― 住んでいる人も気がついていなかった魅力に、アニメという形でスポットを当てたのですね。

 

平山 沼津では実在する街を舞台にしたアニメ作品を作っていく上で大きな発見がありました。それは今回の『ガールズバンドクライ』にもつながっています。

 

 お客様は大切なお金を払って遠いところまで来てくれるわけです。そして作品世界を味わって帰っていく。リアルな場所を自分の足で歩いて回ることで、作品をより好きになってくれるのです。

 

 お客様にはキャラクターが「本当に実在する」ように感じてもらえますし、作品とお客様とのつながりも強くなる。実在する風景は作品を強くするのです。

 

 『ガルクラ』でも「地に足をつけたお話にする」というコンセプトや、作品の強度を上げるためにも、実在する風景を使うのが有効な戦略だと思いました。

 

―― それで『ガルクラ』の舞台が川崎に。

 

平山 川崎に関しては、街全体の雰囲気がすごく良かったので、僕らが好きな川崎の良いところを描こうと思いました。そして、東京と横浜の間にあるという絶妙な位置関係と、羽田から近いのもポイントでした。

 

―― ああ、羽田!

 

 

羽田空港と川崎市は多摩川を挟んで隣り合っている

 

平山 実は多摩川を渡れば羽田空港なのです。外国人観光客も訪れやすいですし、日本各地から飛行機で訪れるときもまず羽田空港に降りますから。

 

―― 私は地形にピンと来てなかったので、街おこしの良い話だと思って聞いていたら、意外と計算高かった(笑)

 

平山 お客様に来ていただくのに便利な街はどこかずっと考えていたら川崎はぴったりだったんです(笑)

 

オリジナルアニメは「認知ゼロ」から始まる

―― CG映像はクリアできた『ガールズバンドクライ』ですが、お客様にはどう届けようと思いましたか?

 

平山 オリジナルアニメ最大のハードルは、お客様の認知がゼロからスタートするところにあります。まずは作品を知っていただく。そこからファンになって応援していただく関係になる。1クール作品であれば放送している3ヵ月の間にそこまで進めないといけません。

 

―― 3ヵ月の間にファンにまでなってもらう。あらためてそのハードルの高さに驚きます。しかもこの2024年春は「神クール」とも呼ばれるほど、人気作品の続編や人気原作のアニメ化が並びました。制作サイド的には激戦区ですよね。

 

平山 はい。我々もまさかこんな激戦区になるとは思ってもみませんでした。

 

 そんななかでオリジナル作品をヒットさせるためにはさまざまな「仕掛け」が必要です。アニメ放送のずっと前から、弊社宣伝担当の安東と2人でその仕掛けを作っていきました。

 

 

こうして1000万再生のMVが誕生した

―― 仕掛けとは、どんなことをされましたか?

 

平山 TVアニメをスタートにするのではなく、放送前から作品認知度を上げて、なおかつTV放送が始まったときにはテレビ放送で初めて本作品を知ったお客様が作品の公式YouTubeチャンネル内で作品を深掘りできるように映像を沢山用意しました。

 

 作品認知度を上げる映像でも最も強いのはトゲナシトゲアリによるミュージックビデオのYouTube配信です。このなかのMV「爆ぜて咲く」の反響がとりわけ良かったのです。

 

 

【【Official Music Video】トゲナシトゲアリ「爆ぜて咲く」 - アニメ「ガールズバンドクライ」】

 

―― 「爆ぜて咲く」のMVは1000万再生されていてびっくりしました。100万じゃなくて1000万というのは、日本国内の人気アーティストでもなかなか達成できない数字です。

 

平山 1000万は海外を含めた数字です。インドネシア、タイ、ベトナムをはじめ東南アジアや東アジアを中心に、さまざまな地域の方が視聴してくださっています。

 

 実はTVアニメが放送されるまで、YouTubeの視聴者の6割は海外の方だったのです。TVアニメ放送開始後に国内視聴が増えまして、現在では国内:海外=7:3ぐらいになりました。

 

―― オリジナルアニメの放送前から海外ファンが6割存在していたのはすごいですね。なぜ海外にアプローチできたのでしょうか?

 

平山 ミュージックビデオに9ヵ国語分の字幕を付けたところ、各言語地域の方が反応してくださいました。テレビアニメに関してもアジアからの支持は大きいです。

 

―― 『ガルクラ』のX(Twitter)公式アカウントへのコメントを見ていると、英語を中心にいろんな言語で「アニメを配信してほしい」と書かれていますね。

 

平山 一刻も早く海外での配信を開始すべく調整を進めていますので、海外のお客様にはもう少しだけお待ちいただければと。お待たせして申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

トレンド1位を獲得するには

―― 国内にはどんなアプローチで作品認知度を上げていったのですか?

 

平山 宣伝まわりの担当は隣に座っている安東(将瑚)になります。

 

安東 まず放送前のメディア向け試写会でこの作品に共感してくださった方々が放送序盤から記事を書いてくださいました。

 

平山 周囲の方を地道に巻き込んでいくのが大事だなと。Xの公式アカウントの運用も彼が担当しています。

 

安東 今期の春アニメにはビッグタイトルが多く並んでいて、序盤から話題を取るのは厳しいだろうと思っていました。この作品はまだ走り出したばかりでほかの原作ものの作品に比べてファンの方々の絶対数が少ないのですが、「盛り上がっているよ」感を出さないと、新しい方がなかなか来てくれません。

 

 そこで、盛り上がっている感を出すために話題を取りに行ける手法を考えました。

 

 Xで盛り上がっていることが可視化できるのは「トレンド」だなと。単語がトレンドに入ると、「これはなんだろう?」と見に来てくれるわけです。トレンド1位になれば、たとえばアニメを紹介しているYouTuberさん、アニメ紹介サイトさんなどが拡散してくださったりもします。

 

 放送初期のファンの人数でトレンド上位に入るには「瞬間最大風速」で勝負するしかありません。ですから同じ時間にみんなで実況することで盛り上げようと。

 

 

🎤━━━━━━━━━━

「ガールズバンドクライ」

  公式Xフォロワー

YouTubeチャンネル登録者

  ㊗10万人突破㊗

━━━━━━━━━━━🎸

皆様のおかげで、遂に大台突破しました🎉

いつも応援ありがとうございます!🎸

記念にSNS用アイコンを公式HPにて配布中🎁https://t.co/9VBRfcMkgN pic.twitter.com/LFDDPQODIO

 

― アニメ『ガールズバンドクライ』公式 (@girlsbandcry) June 21, 2024

―― トレンドの手ごたえを感じたのはいつですか?

 

安東 第7話「名前をつけてやる」が潮目だったかなと思います。第6話で初めてトゲナシトゲアリのメンバーが全員そろい、第7話で初めて5人でライブをする。そして桃香がバンドにとって衝撃的なことを打ち明けます。

 

 重要な回だと思っていたので、この第7話に合わせてプロモーションをがんばりました。第7話放送日には、夕方からABEMAさんで第6話までをキャストのオーディオコメンタリー付きで一挙配信して、第7話の放送開始時間である0時30分に向けて盛り上がりを作っていきました。

 

―― その次の第8話「もしも君が泣くならば」が、仁菜と桃香のケンカに決着がついて、仁菜が桃香に「告白」する回でしたね。

 

平山 はい。第7話で一気に注目されて、次の第8話を多くの方に見ていただくことができました。結果、第7話以降は毎回トレンド1位に入っています。ファンの方々には本当に感謝しています。

 

―― オリジナル作品の場合、作品公式アカウントのフォロワー数がどれくらいであれば目標達成、などの指標はありますか?

 

安東 放送終了時に、原作がないオリジナルアニメであれば、フォロワー10万人を達成すればかなり人気を得られたことになると思います(編註:取材時点で約9万。執筆時点では12万超)。

 

オリジナル作品を尊ぶ気風で育った平山P

「全権を渡すから、3回打席に立たせてやる」

―― 平山さんはオリジナルアニメの制作に大きな情熱を持っていらっしゃいますが、何かきっかけなどはあるのでしょうか?

 

平山 僕はサンライズ出身で、昔から「オリジナルをヒットさせて一人前」という気風のなかにいました。

 

 もちろん原作ものも作りますが、もしチャンスがあればオリジナルを作るチャレンジをするのです。サンライズは創業当初からずっとオリジナル作品メインで勝負している会社ですから。

 

 当時サンライズでプロデューサーをやりたい人は、「全権を渡すから、3回打席に立たせてやる」と言われました。3回のうち1回ヒットすれば、また打席に出られる。でも3回続けて失敗したら才能がないから辞めたほうが良い、と。

 

 『ガールズバンドクライ』も、CG開発でお金をたくさん使うことになるので、ヒットしなかったら、自分は才能がなかったということなので、責任を取って会社を辞める覚悟でした。

 

―― なんと。会社に所属している方は、ヒットしてもしなくても会社に居られるものだと思っていました。

 

平山 僕が在籍していた頃のサンライズは、制作はみんな業務委託でした。僕も執行役員までやりましたけれど、やはり業務委託なので毎年契約を更新するわけです。ヒットしなかったら終わりなので、たとえプロデューサーでも個人事業主であることに変わりはありません。

 

 会社から仕事は来ません。仕事は自分で作れという世界なので、自分のスタジオを維持したければ自分で企画を通して、制作して、ヒットさせて、スタジオの安定経営を図るしかないのです。ヒットに貪欲にならざるを得ない環境でした。

 

 東映アニメーションに来てもそれは変わらず「オリジナルを作ってヒットさせなきゃ」と思いましたね。

 

東映アニメーションはチャレンジ歓迎な会社

挑戦には「お金」と「技術力」と「理解ある協力者」が要る

―― 東映アニメーションも、2019年に入社したばかりの平山さんに、新機軸の3DCG開発費を含めかなりの制作費を預けてオリジナル作品を要望しました。チャレンジングな会社ですね。

 

平山 東映アニメーション自体が前例のないものを作り続けている会社ですから。チャレンジできる環境を用意していただいたのがありがたかったです。

 

 

イラストルックの3DCGアニメとして大ヒットした映画『THE FIRST SLAM DUNK』。まるで井上雄彦氏の絵がそのまま動いているような映像に注目が集まった。東映アニメーションのチャレンジングな気風をあらわす大ヒット作だ

 

―― 「チャレンジできる環境」というのはどんなものでしたか?

 

平山 チャレンジというのは「覚悟」だけあっても成功しません。「環境」も大事で、具体的には、まずある程度資金に余裕がないと挑戦しづらい。また、ある一定水準の技術力も必要です。それから、そのチャレンジを理解して協力してくださる方が大事です。「環境」とは資金と技術力と協力者のことで、この3つの要素が大事だと思います。

 

 CGに興味を持っている僕に、「CGでやろう」と言ってくださったのが氷見武士製作部長(現・映像事業部長、製作部副本部長)。今から20年以上前にCG部門をゼロから立ち上げ、イラストルックの『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』『THE FIRST SLAM DUNK』を成功に導いた立役者です。

 

 僕が「イラストルックでやりたい」と言ったときも、氷見製作部長は「今後の未来を考えれば、こっちの道に挑戦するべきだ」と、一緒に腹をくくるかたちで賛成してくれました。

 

 その上司に北﨑広実製作本部長がいて、この方も最初から「オリジナルをやろう。新しいことをやっていかなくちゃいけない」と背中を押してもらいました。北﨑さんは数年前に退任されましたが、後任の山田製作本部長も、「会社としてもオリジナルをやっていくべき」と後押ししてくれています。また、高木社長が当初から後押ししてくださったこともとても大きかったです。

 

―― 東映アニメーションさんの社風を感じますね。

 

平山 懐が広いですよね。まったく環境が異なるところにポンと入れられて、いきなり僕1人で全部できるわけありません。それをなんとか作りきることができました。あと3本納品すれば終わるのですが(編註:取材時)氷見製作部長や北﨑製作本部長、山田製作本部長、高木社長が裏で現場と作品を守ってくださったのです。

 

新たな挑戦が日本のアニメを牽引していく

―― 東映アニメーションにもオリジナル作品を作るメリットがあるのですね。

 

平山 会社としては自社のIPが持てます。なおかつ技術的にすごいものを作れたら、それも会社の財産になります。

 

―― 技術も財産なのですね。

 

平山 技術はノウハウですから、蓄積していくことでさらにすごいものが作れるようなります。ここで勝てれば、日本の3DCGアニメ業界全体が、世界のなかで独特の立ち位置を確立して生き残っていけるのではという目論見もありました。

 

―― なるほど。最大手の東映アニメーションが新たな路線を開拓すれば、ほかの会社や作品も後に続きやすいと。

 

平山 業界のリーディングカンパニーとして「こっちに行けばみんなで生き残れるのでは」という目標を指し示すことは大事な役割ですから。

 

 日本のアニメが世界で生き残るには、新しいことに挑戦していかなければなりません。挑戦していくことを僕は会社や先輩、作品から学んできましたし、自分たちの挑戦もこれからのアニメを切り拓くための一助になることができれば良いですね。

 

〈前編はこちら〉

 

文● 渡辺由美子 編集●ASCII/村山剛史