チェスブロウらが著したオープンイノベーションハンドブックに掲載された成功事例

AI要約

オープンイノベーションの成功事例についての最新の書籍である「The Oxford Handbook of Open Innovation」に関する内容を取り上げる。

大企業のオープンイノベーション担当者にとって、他社の事例分析が有用であり、その情報源として「OIハンドブック」が役立つ可能性がある。

「OIハンドブック」に収録されている事例も紹介し、実践ノウハウを探求する姿勢の重要性を述べる。

チェスブロウらが著したオープンイノベーションハンドブックに掲載された成功事例

オープンイノベーションを提唱したチェスブロウ(Chesbrough)が関わった最新の書籍である「The Oxford Handbook of Open Innovation」の中から、「オープンイノベーションの成功事例」について取り上げる。

 大企業のオープンイノベーション担当者にとって、他社の事例分析は有用な学習ツールである。この観点から、「OIハンドブック」が取り上げている事例や、更なる情報源として活用できる可能性を示す。

 

 本稿では、Chesbroughらが著した「The Oxford Handbook of Open Innovation」(以下、「OIハンドブック」)について、拙著「OI担当者本」(『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』)の内容との関連性に触れながら、役立つ内容を取り上げていく中で、「オープンイノベーション活動の実践ノウハウ」について取り上げたい。

 

*羽山友治 [2023], 『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』 https://ascii.jp/serialarticles/3001028/.

*羽山友治 [2024],『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』 ASCII STARTUP,角川アスキー総合研究所。

 

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オープンイノベーション担当者が最初に読む本 外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド羽山 友治、ASCII STARTUPKADOKAWA

 

他社のオープンイノベーション活動を通じた学習

 オープンイノベーションチームの重要な業務に、情報収集が挙げられる。その対象は、自社の重点領域での活動の支援を目的とした特定分野のシーズに関するものと、チーム自身の生産性の向上を目指したオープンイノベーションに関するものの2つに分けて考えるとよい。後者の中で最も役立つものの1つが、他の大企業のオープンイノベーション活動の事例である。

 

 例えば対面でのセミナーに参加すれば、大企業のオープンイノベーション担当者の話を聞ける。加えてCOVID-19のパンデミック以降は、ウェビナーを通じて気軽に参加できるようになってきた。またさまざまな企業にサービスを提供するオープンイノベーション仲介業者から間接的に聞くこともあるかもしれない。一方で、いずれにしてもバイアスが掛かっているため、そのまま参考にすることは難しいのが現状ではないだろうか。

 

 アカデミアの研究者が報告しているオープンイノベーションに関する論文の中に、事例分析と呼ばれるカテゴリーが存在している。これは企業など特定の組織に注目して、関係者へのインタビューや2次データの収集を通じて分析する手法である。研究者が定められた作法に基づいて行うことから信頼性も高く、深く考察されている。また各種の研究の方法論に詳しくない実務家にとってもわかりやすい。

 

 「OI担当者本」では、国内ではこれまであまり目にしたことがないと思われる事例の中から、12件の種類の異なる以下のものを紹介しているので、ぜひ参考にしてもらいたい。

 

●Swarovski:全社的な文化となったオープンイノベーション

●Haier:中国企業が初めて構築したオープンイノベーションプラットフォーム

●Hisilicon:半導体チップ事業急成長の裏側にあったオープンイノベーション

●AirAsia:エフェクチュエーションの考え方をエコシステムに適用

●AstraZeneca:多数の組織が関与するエコシステムにおける原則の重要性

●Janssen Pharmaceuticals:地域に結び付いたイノベーションエコシステムの開発

●Unilever:バリューチェーンのさまざまな段階におけるオープンイノベーション

●Carlsberg:サステナビリティーの取り組みにおけるオープンイノベーション

●SAP:クラウドソーシングによる社内人材の有効活用

●Samsung Electronics:スピンオフ企業を継続的に生み出す仕組み

●中国メーカー3社:圧倒的な試行回数

 

最新の海外オープンイノベーション成功事例

 では、「OIハンドブック」における最新の海外事例はどうなっているのか。同書のパート8は、いずれも各企業での取り組みに実際に携わった人々によって書かれている。ただしその他のパートと比べると取り組みの紹介などの表面的な説明が多く、深い考察はされていない。例えば、以下のようなものが掲載されている。

 

●Nestle

大企業におけるオープンR&Dと題して、ペットケア部門であるPurinaがアウトサイドインから始めたオープンイノベーション活動を発展させていった経緯が紹介されている。

*Roshek, Bill Jr. and Erica Jones, “Open R&D in Large Corporations,” Chapter 43, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 

●Ericsson

スウェーデンの通信機器メーカーであるEricssonが、移動体通信ネットワークである5G技術を取り巻く多数のエコシステムを作り上げてきた経緯が取り上げられている。

*Tatipamula, Mallik, “Open Innovation in the Context of Digital Ecosystem,” Chapter 48, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 

●ENEL

イタリアのエネルギー会社であるENELが、フランスの電機メーカーであるThalesとの協業を通じて欧州宇宙機関(ESA)の月面基地に対するエネルギー配給に挑んだ事例である。

*Ciorra, Ernesto, Emanuele Polimanti and Andrea Canino, “Innovability for a Better World (and a New One?),” Chapter 49, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 

 ビジネススクールにおけるオープンイノベーション教育を扱った51章では、さまざまな教育ツールの中で事例分析が最も活用されていることが言及されている。GE・NASA・Swarovski・Siemens・Lego Group・P&Gなどが掲載されている事例リストも役に立つだろう。加えてオープンイノベーションに関する教育リソースが集まったウェブサイトとして、Harvard Business Publishing for Educationsが紹介されている。

*Dąbrowska, Justyna and Jonathan Sims, “Teaching Open Innovation in Business Schools,” Chapter 51, The Oxford Handbook of Open Innovation.

**https://hbsp.harvard.edu/home/

 

 52章は技術者を対象としたオープンイノベーション教育について書かれているが、以下のオープンイノベーションプロジェクトの種類に応じた事例がわずかではあるが取り上げられている。

 

●オープンイノベーションパートナーシップ

Huawei、HP

●オープンイノベーションコンテスト

Bosch、Pfizer、Samsung

●オープンイノベーションコミュニティ

Eli Lilly、Evonik Industries、Ford

*Brunswicker, Sabine, “Teaching Engineers about Open Innovation,” Chapter 52, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 

 同様にそれぞれが短い説明となっているものの、同書の前半部である10章では大企業がさまざまなオープンイノベーションの手法を用いていることが紹介されている。

 

●初期採用者

P&G、Philips

●クラウドソーシング

GE、NASA

●スタートアップ企業との協業

ENEL

●多様な手法の組み合わせ

Bayer

*Chesbrough, Henry, “Open Innovation in Large Companies,” Chapter 10, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 

 以上のように、「OIハンドブック」は事例の情報源としても有用である。成功事例の学習は自社の取り組みを見直す上で参考にはなるものの、それぞれの企業が置かれた文脈があることや、その成果を生み出すために一定期間苦しんだであろうことを忘れないようにしておきたい。結局のところ、試行錯誤を通じて自社の各種戦略や企業文化に適したものを見つけるまで活動を継続する以外に道はない。

 

著者プロフィール

羽山 友治

スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー

2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。

https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022

 

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文● 羽山友治 編集●北島幹雄/ASCII STARTUP