新たな国内大型上場ユニコーン誕生。スキマバイト「タイミー」社長に聞いた「変わらないこと」

AI要約

タイミー株式会社が東京証券取引所に新規上場を果たし、スキマバイトアプリ「タイミー」の成功について小川嶺代表にインタビューが行われた。

テレビCMや地域マーケティングを活用し、高い稼働率を維持しているタイミーのマーケティング戦略について語られた。

小川氏は、スタートアップとしての成長や上場に至る経緯、今後の展望について詳しく説明した。

新たな国内大型上場ユニコーン誕生。スキマバイト「タイミー」社長に聞いた「変わらないこと」

スキマバイトアプリ「タイミー」を運営するタイミー株式会社が7月26日に東京証券取引所のグロース市場にて新規上場を果たした。国内スタートアップでは久々の大型上場ユニコーン企業となった同社の小川嶺代表に話を伺った。

 スキマバイトアプリの「タイミー」を運営するタイミー株式会社が7月26日に東京証券取引所のグロース市場にて新規上場した。初値ベースの時価総額は約1760億円にのぼり、国内スタートアップでは久々の大型上場ユニコーン企業となった。

 

 タイミーはワーカーの「働きたい時間」と企業の「働いてほしい時間」をマッチングするスキマバイトサービス。2018年のサービス開始から6年目での上場となっており、累計ワーカー数は700万人を突破。約9万8000社の企業に導入され、事業所数は全国25.4万拠点へと全国へと広がっている。株式会社タイミー代表取締役の小川嶺氏に、高い成長率をキープし続けるための戦略と創業から現在までの変化、そして今後の目標について話を伺った。

 

テレビCMでブランドを築き、地域に根付いたエリアマーケティングで高い稼働率をキープ

―― 今回の上場に至る中で、スタートアップとして事業が急成長したターニングポイントを教えてください。

 

小川氏:いくつかありますが、ひとつはテレビCMのタイミングの早さでしょうか。リリースして1年4カ月でCMを展開しています。そのために大型の資金調達を行いました。リリース直後に20億円を調達し、そのうちの4~5億円をCMにかける意思決定をしました。派手なプロモーションをしたことで一気に知名度が上がり、類似のスタートアップが追従しづらいブランドを確立できました。それ以降もナンバーワンのポジションを維持しています。

 

―― マーケティング戦略でタイミーが重視していることは?

 

小川氏:タイミーの難しさはBtoCのサービスであること。CtoCなら北海道と東京のユーザーがマッチングすることもできますが、タイミーの場合、案件がある場所にユーザーが必要なので、エリアマーケティングが重要になります。今はテレビCMよりも、営業のチューニングに力を入れており、全体のYouTube広告に加え、地域のお祭りへの協賛など地場に根付いたマーケティング活動を行っています。

 

―― 事業の拡大に応じて、細かくチューニングされているのですね。

 

小川氏:(ワーカーの)稼働率は広告宣伝だけですべてが解決するわけではありません。テレビCMを打てば、一時的に稼働率は上がりますが、すぐに下がります。なぜなら、求人が10件しかないのに、ワーカーが100人集まると多くの方をがっかりさせてしまう。また、新規が増えたことで、既存の方が働けなくなるのもよくありません。既存のワーカーさんが十分に働ける案件数を確保しつつ、新規を入れていくというバランスが大事です。例えば、月8回以上働いてくれるコアワーカーにしっかりと案件を届けるため、レコメンドエンジンやさまざまなキャンペーンを開発しています。

 

―― 競合他社との差別化についてお聞かせください。

 

小川氏:スキマバイトを導入する企業は、しっかり人材を集められるかどうかを第一に重視します。2つ目が人材の質、3つ目がサポートです。まず、多くの人材を集められるかについては、タイミーの現在の稼働率は88%と、他社の50~60%を大きく上回っています。稼働率にこだわるからこそ、働きぶりのいいワーカーさんを評価する仕組みも成立します。また、早期から全国に支社・営業所を設けて、現地に根づいたサポートができる体制を構築しています。

 

システム化にこだわらず、泥臭い方法でもまずやってみる

―― 全国に拠点を出すことにした理由は?

 

小川氏:スタートアップはなるべくテクノロジーでやったほうがいいという思想が強く、悩ましいところですね。ただ、自分たちがどの業界に向き合うのかが重要です。例えば、「SmartHR」は、導入先がIT系スタートアップなど、ITリテラシーの高い企業が中心なのでオンボーディングコストが低く抑えられます。しかし、タイミーの導入企業は、飲食・物流・小売が中心。対面でのサポートを要望されるので、現場に伺って使い方などを丁寧に説明することを重視しています。

 

―― 88%という高い稼働率は、当日すぐに給料がもらえる点も大きいかと思います。サービス開始当時、即日入金の仕組みを作るのは大変だったのでは。

 

小川氏:「タイミー」を作ろうと思ったのは、自身が日雇い労働やアルバイト、パートで生計を立てていたとき、すぐにお金がもらえない日もあり、非常に辛かった経験があったからです。このサイトで仕事を探せば、必ずすぐにお金をもらえるサービスが欲しいという思いから、コアバリューとしてこだわったのが「即金」でした。

 

 リリース当初の「タイミー」には、24時間送金の仕組みがなかったので、自分たちで毎朝銀行のATMに行って振り込んでいました。こうした地道な積み重ねがあったから、セブン銀行に出資していただき、送金のシステム構築へとつながったと思います。スタートアップがスピード感を出すためには、コアバリューを実現するために、どんなに泥臭くてもまずはやってみることが大事なのではないでしょうか。

 

―― 小川さんは、立教大学在学中に起業されています。学生起業して良かったことはありますか。

 

小川氏:学生が(スタートアップを)やるには最適なサービスを作ったと自負しています。過去に学生起業で成功している会社を見るとHRかゲームであり、それらに共通するのは学生が使うサービスだということです。つまり、ユーザーの目線に立ちやすい。例えば、製造業向けのSaaSなどは学生にはイメージしづらいですし、仲間も集めづらい。学生である自分たちが共感できるテーマで事業を着手できたことは、学生起業家としてのメリットを活かせたと思っています。

 

―― 創業から7年を経て、変わったこと、変わらないことは?

 

小川氏:変わっていないのはユーザーファーストであること。タイミーを使ってくれる方々がどんなサービスを求めているのかを大事にしています。自分たちのエゴでものづくりをしないことは創業時からのポリシーとしてあります。もうひとつはスピード感。従業員は約1000人と会社の規模が大きくなり、以前のように私が直接話して意思決定することが難しくなってきています。徐々に権限委譲するなど、スピード感を担保し続けるための仕組みづくりは常に意識しています。

 

最年少上場を狙っていた2年前に比べて売上高は約10倍。上場は今がベストなタイミング

―― かつて最年少上場を目標にされていましたが、実際に上場したことで、気持ちや考えに変化はありましたか。

 

小川氏:以前は上場すればやり切った気持ちになるのかなと思っていましたが、現実として上場することになると、浮かれている暇はありませんでした。上場するということは、それだけマーケットが大きいということであり、必ず大手が参入して競争が激化する。最年少上場すると言っていたときに比べて、今の感情としてはまだまだだな、と。マーケットがないところからマーケットをつくり、今は山の3合目くらい。次は、圧倒的なナンバーワンを確立するのが3合目から7合目へのステップ。そこから世界へ展開していくのが目標です。

 

―― スタートアップの小型上場について批判的な意見もありますが、その点についてどのようにお考えでしょうか。

 

小川氏:個人的には「小型上場」という表現は失礼だと思っています。上場できるのはすごいことですし、上場後に価値を上げていけばいい。ですが、もし2年前に最年少で上場していたら、小型上場になっていたと思います。2年前の売上高は今の10分の1。最年少で話題になって一時的に高いバリュエーションがついても、大手が参入してすぐに値が下がっていたかもしれません。

 

 上場するには今がベストなタイミングでした。上場するということは、世間から注目されるということ。そのときに胸を張って、自分たちはトップランナーであり、競合に負けることはないと言えれば、投資家もついてきますし、好循環のスパイラルが回っていくと思います。

 

―― 投資家からのアクションや言葉で印象に残っていることは?

 

小川氏:サイバーエージェントの藤田晋さんが立ち上げた「藤田ファンド」に出資いただいており、すごくお世話になっています。コロナ禍で辛かった時期には、「経営者を長くやっていれば必ず辛い時期はある。それを乗り換えられるかどうかで一流の経営者かどうかが問われる」という言葉をいただきました。やはり一流の経営者から言われると響くものがあり、これは自分に与えられた試練なのだと前向きになれました。また、エンジェルの方々にも支えていただいています。飲食や物流の経営者の方々がいろいろな場所でタイミーは伸びている、と言ってくださるので、採用や調達がしやすくなりました。

 

―― スタートアップにとって認知度を上げることは課題のひとつですね。

 

小川氏:無名のスタートアップに比べて、知名度のあるスタートアップはメリットが多いように思います。認知度が高いと信頼度も上がる。信頼度が高いと優れた人材や投資家が集まってきます。広報にはそこまでお金をかけなくても、自分たちに志があり、解決したい社会課題があれば、多くのメディアが取り上げてくれるので、スタートアップにとって広報戦略は非常に大事だと考えています。「タイミー」のサービスをリリースした際には、約50社のメディアを集めて記者会見を開きました。タイミーはマス向けのサービスなので、世の中に認知してもらうためPRには力を入れています。

 

―― そのように力を入れる背景は?

 

小川氏:それは、新しい働き方を作っているから。人は認知されていないものを怖がりますから、認知されると安心して利用してもらえる。また、「タイミー」という名称を知ってもらうだけでなく、適切な認知を取ることを大事にしています。

 

 例えば、子どものときに憧れたケーキ屋さんの仕事をやってみたい、大人のキッザニアのように「好きな仕事を好きなときにワンクリックでできるのは素敵だ」と思ってもらえること。企業側には、履歴書による選考から、実際の働き方を見てから正式に雇うというスタイルがこれからの採用のスタンダードになる、といったメッセージを伝えています。スキマバイトに抵抗がある人や会社は多いので、そのギャップを埋めていくにはマスマーケティング、マスコミュニケーションの力は大きいです。

 

起業からの失敗エピソードをnoteで赤裸々に公開。後輩スタートアップへ伝えたいこと

――noteに失敗エピソードなども書いています。あえて公開する狙いは?

 

小川氏:世の中は、しくじり先生から学ぶものだと思っています。メディアが取り上げてくれるのは基本的に成功体験なので、完璧な経営で簡単に上場したように見えるかもしれません。実際は右も左もわからない学生が起業したのがタイミーなので、noteに書いていることは起業を目指している方にとって、再現性のあるノウハウが詰まっていると思います。

 

 自分と同じところでつまずいてほしくない。自分の知識や経験が後輩スタートアップの役に立つのであればという思いから、スタートアップのリアルを伝えられるように等身大で発信するようにしています。

 

―― 改めて、後進のスタートアップ経営者に伝えたいメッセージはありますか。

 

小川氏:起業家として背中で語り、「小川さんに負けたくない」と思ってくれることがスタートアップエコシステムへの還元になると思っています。今後は大企業と競争することになりますが、ここで負けたらつまらない。せっかくスタートアップが夢を持って成長し、上場したところに、大手から類似のサービスが出て負けてしまうのでは、スタートアップエコシステムが成り立たなくなる。実力で勝てるように戦略戦術を立てて、何を尖らせるかを意識し、自分たちのポリシーを明確にしていれば大企業にも負けることがないことを証明していきたいです。

 

―― 今後の展開についてお聞かせください。

 

小川氏:タイミーのミッション「『はたらく』を通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる」を実現することに力を入れていきます。まずは、今の「タイミー」は1日しか働けませんが、複数日、1カ月と働ける期間を選べるようにするところから着手していきます。次に、「人生の可能性を広げる」に関して、タイミーを利用しているワーカーさんは、非正規での働き方を望まれる人もいれば、正社員になりたい人もいらっしゃる。そういった方へのさまざまなルートを提供するために、新サービスの「タイミーキャリアプラス」を立ち上げました。

 

 「タイミーキャリアプラス」は、タイミーのアルバイトで多くの店舗から高評価を受けている人材を企業の正社員として推薦していくサービスです。キャリア相談やリスキリング講座などを提供し、働く方々の可能性を最大化していきます。

 

 また、タイミーのサービスエリアは現在47都道府県をカバーしてますが、地方はまだまだ人材不足が深刻なので、自治体と連携して市町村単位までサービスを浸透させるのがこの先3年のミッションです。さらには、日本と同じような労働力に課題を抱えている、韓国や台湾にも進出していきたいと考えています。

 

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 起業家・経営者として大事にしていることという問いには、「自分たちはミッション・ビジョンに雇われてる、という意識を持つことです。創業者が一番偉いという体制では、2代目、3代目と続かない。ミッション・ビジョンに雇われているのであれば、仮に私が退いても会社は長く続いていけるでしょう。20年後、 30年後のために今から文化を作っていくことが重要だと考えています」と答えてくれた小川氏。ただのHRサービスとしてではなく、”新たな文化”としてどのように根付かせることができるのか、スタートアップとしての挑戦は続いていく。

 

文● 松下典子 編集・聞き手●北島幹雄/ASCII STARTUP編集部 撮影●曽根田元