ANAグループ4万人が“データの民主化”を実現した「14の秘伝」

AI要約

アマゾン ウェブ サービス ジャパンは、国内最大の年次イベントである「AWS Summit Japan」を開催。本記事では、全日本空輸(ANA)によるセッション「ANAグループ4万人に展開するデータマネジメント基盤の裏側」をレポートする。

ANAグループで得られたデータで、4万人の社員が価値を創りだせる体制へ

データ活用の仕組みにおける秘伝:Amazon S3を中核に、堅牢性と柔軟性を両立した「BuleLake」を構築

ANAグループ4万人が“データの民主化”を実現した「14の秘伝」

アマゾン ウェブ サービス ジャパンは、国内最大の年次イベントである「AWS Summit Japan」を開催。本記事では、全日本空輸(ANA)によるセッション「ANAグループ4万人に展開するデータマネジメント基盤の裏側」をレポートする。

 アマゾン ウェブ サービス ジャパンは、2024年6月20日と21日、国内最大の年次イベントである「AWS Summit Japan」をハイブリッドで開催。150を超えるセッションが展開された。

 

 本記事では、全日本空輸(ANA)によるセッション「ANAグループ4万人に展開するデータマネジメント基盤の裏側」をレポートする。登壇したのは、デジタル変革室 イノベーション推進部 データマネジメントチームの丸山雄大氏。

 

 丸山氏が所属するデータマネジメントチームは、ANAを中心としたグループのデータ戦略の策定、データ基盤の整備、開発管理などを担っている。同セッションでは、同グループの“データの民主化”の実現に向けた取り組みが、チームで得られた“14の秘伝”を通じて披露された。

 

ANAグループで得られたデータで、4万人の社員が価値を創りだせる体制へ

 ANAグループは、主力ブランドのANAに加え、Peach Aviationやエアージャパンといった航空事業を展開している。近年では“マイルで生活できる世界”の実現に向け、ANA PayやANA Mallといったノンエア領域のサービスにも注力する。

 

 このようなグループの成長やテクノロジーの進化に伴い、発生するデータの量も増加している。丸山氏は、「このデータの活用に、グループ4万人の社員の力を活かしたい。三人寄れば文殊の知恵ではないが、4万人の知恵が集まれば、思いもよらない価値が創出できるのではないか」と説明する。

 

 そこでデータマネジメントチームが進めるのが、ANAグループにおける“データの民主化”だ。グループの各社員が、自由にデータをあつかい、価値を生み出せる状態を目指す。

 

 これまでのデータ活用は、データの収集・汎用化から加工・集計、分析、共有まで、すべてシステム部門が実行してきた。それを、データの収集・汎用化はシステム部門中心、そしてデータ活用の主役はビジネス部門として、両部門で協創しながら実行していく体制に変革した。

 

 この変革の推進を通じて、“秘伝”ともいうべき気づきがいくつも得られたという。まずは、データ活用のための環境、仕組みにおける秘伝が披露された。

 

データ活用の仕組みにおける秘伝:Amazon S3を中核に、堅牢性と柔軟性を両立した「BuleLake」を構築

秘伝1:データを物理的に1か所に集める戦略

 

 ANAでは、データを蓄積する基盤として「BlueLake」、蓄積されたデータを活用するツールとして「BlueLake Apps」と呼ぶ仕組みを構築している。かつてのデータ基盤はエアラインに特化しており、データの民主化に向け、より統合的なデータ基盤であるBlueLakeを再構築した。

 

 データ管理には様々な手法があるが、BlueLakeでは、物理的にデータを集約して一元管理している。

 

 データは、個別の業務に特化したシステムから集約するため、それぞれ型や持ち方、キーなどが異なる。加えて、SaaSを活用する機会も増え、データの複雑性が増している。より一貫性のあるデータ管理を実現するために、この選択肢をとった。

 

秘伝2:プライバシーに配慮した2層構造

 

 物理的に集約されたデータは、多くの社員が自由にあつかえるよう、プライバシーに配慮した2層構造で管理されている。

 

 具体的なアーキテクチャーは、Amazon S3を活用したデータレイク、Amazon RedShiftとSnowflakeを活用したDWH(データウェアハウス)で構成。生データをあつかうデジタルマーケティングやサービス活用向けの層と、仮名加工データをあつかうデータ集計やBI、機械学習に活用する層を、別のAWSアカウントで、完全に分離したかたちで運用している。

 

 これにより、データの堅牢性担保と柔軟性を両立。グループの4万人が自由に使えるのは仮名加工データをあつかう層となり、個人情報保護法やGDPRなどに対応する。

 

秘伝3:Amazon S3を中心としたアーキテクチャー

 

 前述のとおり、データレイクにはAmazon S3を活用するが、同ストレージサービスをマスターとして、時代や戦略に合わせてサービスを使い分ける戦略をとる。

 「データ活用のトレンドの移り変わりは非常に速い。それに合わせて、毎回抜本的にアーキテクチャーを刷新するのはコストがかかる。Amazon S3はコネクタが豊富で、Delta LakeやApache Icebergといったフォーマットにも対応する」(丸山氏)

 

秘伝4:目的やレベル別に多種なツールを整備

 

 データ活用のためのツールも、目的やレベル別に、6つのツールを整備している。機微情報を扱う「BuleLake Custo」、データ抽出を担う「BuleLake Exto」、社内基準となるレポートを全社共有する「BuleLake Repo」、セルフBIツールの「BuleLake Pivo」、データ実験環境の「BuleLake Labo」、データプロフェッショナル向けの何でもできる環境「BuleLake Pro」だ。

 

 各ツールは、スクラッチでの開発から、Amazon QuickSightやTableau、Amazon WorkSpaces、Databricksまで、利用するサービスは様々。「一見するとリッチにみえるが、ライセンス課金のツールは利用者を見定め、従量課金のツールは使い過ぎないようガバナンスを効かせることで、コストを抑えながら運用している」と丸山氏。

 

秘伝5:4万人が同じ基準で見られるダッシュボード

 

 これらのツールの中で、レポート展開を担う「BuleLake Repo」は、グループの4万人が“同じ目線で”データを捉えられるダッシュボードとして、Amazon QuickSightを用いて開発された。「部門や部署が増えると、独自の集計や分析も多くなり、基準を合わせて物事を進めるのが難しくなる」と丸山氏。

 

 工夫したポイントは2つ。ひとつは、アカウント作成を自動化したこと。ANAのグループウェアが備えるIdPと、Amazon CognitoとAWS Lambdaを掛け合わせて、アカウントを自動作成する仕組みを構築して、運用負荷を軽減した。

 

 もうひとつは、Amazon QuickSightをそのまま利用しなかったこと。データ活用のハードルをできる限り下げられるよう、QuickSightは埋め込まれているが、誰でも気軽にデータ分析ができるよう、社内向けのサービスとして整備している。

 

秘伝6:抽出ツールは必要(現時点では)

 

 「BuleLake Exto」はデータ抽出を担うツールだ。「データ活用のツールを整理する中で、データ抽出は分析の目的にはならないため不要だと言われたが、実際はそう簡単ではない」と丸山氏。社内のデータ活用の状況から、データ抽出をなくすのはまだ早いと判断。しかし、意外にもデータ抽出に特化したサービスは市場で見当たらなかった。

 

 そこで、AWSのサービスを駆使して、ドラッグアンドドロップで利用できるSQLツールをスクラッチで開発。まだリリース間もないため機能は単純なものだが、今後、GUIで作成したSQLをレシピとして保存できる機能や、社員同士でレシピを共有できる機能などを追加していく予定だ。

 

秘伝7:ユーザーフレンドリーな“ナレッジの宝庫”

 

 続いては、基盤であるBlueLakeとツールであるBlueLake Appsの橋渡しをする“データカタログ”についてだ。とにかくデータやUIがわかりやすく、データに関する質問やナレッジが共有できること、そして、コストパフォーマンスの高さが求められた。

 

 高機能なデータプロフェッショナル向けのデータカタログはあったものの、利用目的が合わず、データカタログもAWSのサービスで内製することに。

 

 ANAのデータカタログ「Moana」は、無駄な情報は省き、わかりやすいUIとなるよう設計された。カタログ機能に加えて、社内用語をまとめたDictionary機能や、社員同士がつながるSNS機能も搭載。今ではデータの民主化を促進する上で欠かせないツールに成長しているという。

 

秘伝8:AWSは自社の世界観を表現できる

 

 仕組みの最後の秘訣は、AWSのブランディングのしやすさだ。「データの民主化の推進は、マーケティング活動そのもの。常に『BlueLake Apps』の名でコミュニケーションするため、元の製品名で呼ぶ人はいない」と語る。企業が世界観を表現する上で、AWSのカスタマイズ性の高さが有効であったという。

 

データ活用の人財における秘伝:多様なコミュニティ展開と100時間を超えるデータ教育プログラム

 ここからは人財とガバナンスにおける秘伝を紹介する。「仕組み(ここまで紹介したようなツール)については、コストはかかるが、ナレッジや事例が色々と公開されているため取り組みやすい。一方で、人財とガバナンスを通じた文化の醸成は、いくらやっても難しく感じる」(丸山氏)

 

秘伝9:多様なチャネルを駆使したコミュニティ

 

 人財の秘伝のひとつ目は、コミュニティの形成だ。「BlueLake DataCircle」というデータコミュニティを設けており、その特徴は活動の多様さだという。

 

 社内向けイベントをとっても、BlueLakeやBlueLake Appsの説明会から、「そもそもデータとは何か?」から入る初心者向けのイベント、データ活用に興味を持ってもらうための社外との交流イベントまで用意している。

 

 丸山氏が「変わった取り組み」と紹介したのは、データに特化した社内報「ドリブン通信」だ。データ活用のポイントや社内のデータ活用事例を、ポータルサイトを通して定期配信している。

 

秘伝10:100時間を超える内製のデータ教育プログラム

 

 コミュニティは、全社に向けた啓蒙と文化の醸成を担うが、データの専門家を育成するためのプログラムも内製で展開する。データサイエンティストとして活用するメンバーが講師を務めることで、業務を理解したデータ担当者を養成、プログラムは100時間を超えるという。

 

データ活用のガバナンスにおける秘伝:DMBOKをANA流に落とし込む

 最後は、データ活用のガバナンスにおける秘伝だ。

 

秘伝11:ANAが着目した8つの項目

 

 チームでガバナンスに着手した際には、データマネジメントの知識体系ガイドである「DMBOK」の輪読から始めたという。どうANAのガバナンスとして落とし込むか悩んだ末に、以下の8つに絞ってANAのデータガバナンスとして採用した。

 

1.データの民主化への方針

2.体制と役割

3.プライバシー保護とセキュリティ

4.データ活用ルールとSLA

5.データモデルとアーキテクチャー方針

6.データ品質管理

7.アカウントと権限管理

8.利用料および契約

 

秘伝12:ANAのデータスチュワードは2種類

 

 データガバナンスにおける「体制と役割」では、データスチュワード(データの管理責任者)を定義している。ANAでは、データガバナンスおよびデータマネジメントの視点で開発運用を統制する「BlueLakeデータスチュワード」と、社内のデータ利用者より開発・活用案件を集約して、優先度などを決める「業務データスチュワード」の2種類を設けた。

 定期的にデータスチュワードシップ会議を開き、両者でANAにおける“データのありたい姿”を模索しているという。

 

秘伝13:安全に価値を創出するためのルール

 

 全社的にデータ活用する上で欠かせないのが、グループ横断でのルール作りだ。データガバナンスの「利用料および契約」において、データやツールの利用に関する規定や国内外の個人情報関連の法令への対応方針などを定めている。

 システムやデータの利用料や契約面の設定までルール化しており、「契約や利用料の調整は非常に大変。しかし、グループ全体で、安全にデータから価値を生み出していく上では必要不可欠」と丸山氏。

 

秘伝14:BlueLake DataManagement

 

 ここまでの秘伝を通じて説明された、仕組み・人財・ガバナンスの取り組みは、「まさにデータマネジメントで考えなければいけないこと」だと丸山氏。ANAでは、すべての秘伝を「BlueLake DataManagement」として体系的にまとめて文章化。これに沿って、データ基盤をデザインして、データの民主化のための土壌を整備しているという。

 

 最後に丸山氏は、「本日話した秘伝は、データを民主化するための手段に過ぎず。データの民主化もまた、目的にはならない。デジタルとデータを活用したビジネス変革を通して、お客様の体験価値を向上させ、4万人の社員の働き方に変化をもたらし、そして企業の持続性とSDGsを両立した価値創造を推進していきたい」と語った。

 

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp