「オープンなエコシステムを構築できれば、日本のリテールメディアは進化する」:クリテオ メラニー・ジマーマン氏

AI要約

リテールメディア市場が世界的に成長し、オンサイトとオフサイトの両方で広告展開が重要視されている。

広告主やエージェンシーは成果やパフォーマンスを重視し、スキルファースト・アプローチを採用する傾向がある。

日本のリテールメディアも成長が見込まれるが、トレードマーケティングからの脱却が必要で、世界的な流れに乗り遅れないようにする必要がある。

「リテールメディアはいま、非常にエキサイティングな時期を迎えている」──。

そう語るのは、米老舗百貨店メイシーズでリテールメディア・ネットワークの構築を手がけ、成功に導いたメラニー・ジマーマン氏だ。同氏は2024年1月、コマースメディアのリーディングカンパニーのクリテオ(Criteo)にグローバルリテールメディア部門の責任者として抜擢され、現在はリテールメディア事業をさらに構築・拡大と世界的な販売戦略の策定をけん引している。

先行する米国に対し、今後日本のマーケットがリテールメディアを発展させ、マーケティングソリューションとして活用を本格化するにはどのような施策やアプローチが求められるだろうか。 リテールメディア市場の最前線で活躍するジマーマン氏に、世界的なトレンドや日本が取り組むべき課題について話を聞いた。

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「統一されたエコシステム」の確立が求められている

──グローバルな視点から見た、リテールメディアの現状を教えてください。

米国ではAmazonやウォルマートに追随する形で発展したリテールメディア市場が目覚ましい成長を見せていることは、日本の皆さんもよくご存じだと思います。世界的に見ても、いまリテールメディアが非常にエキサイティングな時期を迎えていることは疑う余地がなく、さまざまな小売業者が異なるステージで、それぞれ試行錯誤をしているところです。

そんなリテールメディアの黎明期には「オンサイト」、つまり小売業者のオウンドメディアであるECサイトの広告枠に注目が集まりました。多くの広告主がオンサイトへ出稿したわけですが、統計上サイトを訪れた人のうち、取引にまでつながるのは1~5%に留まります。広告主がより効率的に新規顧客を獲得するにはどうすればよいかを考えて、私たちはオンサイトを離れた人がほかのデジタルメディアを見たときに広告を表示する「オフサイト」にも注力してきました。

メラニー・ジマーマン(Melanie Zimmermann)/クリテオ(Criteo)グローバルリテールメディア部門ゼネラルマネージャー。コンサルティング会社Bain & Company in Europeにコンサルタントとして従事したのち、2013年に米国の老舗百貨店メイシーズ(Macy’s)に入社。同社のメディアネットワーク責任者兼バイスプレジデントとしてリテールメディアネットワークの構築に尽力し、成功を収めた。2024年1月にコマースメディアのリーディングカンパニーであるクリテオに入社。現在はリテールメディア事業拡大に向け世界的な販売戦略の策定をけん引している。

──オフサイトの活用はどれくらい進んでいますか?

オフサイトへの拡大は始まっていますが、依然として大多数を占めているのはオンサイトです。それはオンサイトのほうが、適切なタイミングでリーチできるからです。しかし、オフサイトを併用したほうが、購入単価は上がるという興味深い調査結果もあります。オンサイトとオフサイトを両方使うことで、さらなる成長が期待できることをもっと多くの広告主やエージェンシーが知れば、今後オフサイトの活用は増えていくでしょう。リテールメディアがオフサイト広告を導入する際に大事なのは、オンサイトと同じ指標で計測・分析できるようにすること。「統一されたエコシステム」を確立することが、重要なポイントです。

──オフサイトへの拡大のほか、最近はどのような傾向はありますか?

広告主の目的が、従来のインプレッション数を稼ぐことから、商品やサービスが売れるなど具体的な成果を生み出すことへと移行しています。売上につながる効果的な広告を打つには、適切な広告を、適切な顧客に対して、適切なタイミングで打ち出すことが必要ですが、AIの進化によって自動最適化が容易にできるようになりました。また、近頃は商品購入のすぐそばで広告展開することや、デジタルシェルフやバナーに効果的な動画広告を流すなど、より進化させた広告が好まれる傾向にあります。顧客満足度をどのくらい上げれば、どれほどの収益につながるのか、そのちょうど良いポイントを見極める力も求められます。

こうした傾向は世界中で起こっていることなので、日本においても同じような流れがあると思います。この一連の現象を私は「リテールメディア・フォーマット」と呼んでいますが、より豊かなフォーマットを使うことでエンゲージメントを高めようとするのが最近の潮流と言えるでしょう。いまお話しした広告の技術面や手法面の変化はこれまでの延長線上にあることですが、リテールメディアを運営する小売業者の多くは、新たな課題に直面しています。

小売企業は受け身であってはならない

──新たな課題とは、どのようなことでしょう。

広告主との関係を深めることやテクノロジーを進化させることで、小売業者はリテールメディアの収益を上げてきましたが、それ以上広告が増えないという頭打ちの状況に陥っているのです。さらなる収益源を探すには、多くの広告主を抱えるエージェンシーとの関係構築が欠かせません。信頼できるパートナーを模索する動きが始まっているものの、メディアという立場でエージェンシーと向き合う経験は、ほとんどの小売業者にはありません。

前職のメイシーズ時代、エージェンシーとの取引にはそれまでとは異なる基準や指標を設けなければならないことに気づきました。そして、自社のリテールメディアをさらに成長させるには、従来の広告主と直接向き合ってきた方法に加え、新たなパートナーと連携して、「デュアルストラテジー(2本立ての戦略)」を進めることが重要なことだと実感したのです。リテールメディアをもっと発展させたいと思うなら、運営する小売業者は受け身にならず、もっと積極的に努力をしなければなりません。

──具体的にどのような努力が必要だと思いますか?

まずは、社内スタッフに投資することが重要だと思います。メディアを運営する上で必要な人材を集め、トレーニングによって成長させていくことです。メイシーズにいた頃は、テクノロジー、セールス、マネージメント……などそれぞれの分野で、どんな人材が必要かを洗い出しました。広告主と話し合ってキャンペーンのストラテジーを立てる人、有効なデータを集めてストーリーを作ることができる人、そして各所と関係構築ができる人などを積極的に採用し、同時に社内教育にも力を入れました。ほかにもメディアプランニングやオペレーション、それに法務に詳しい人など、必要な人材を挙げるとキリがありません。

優秀な人材を確保しようとする動きは世界的なものなので、一気にすべてをインハウスでやろうとするのは難しいでしょう。その場合は、クリテオのような会社をパートナーにすることも課題解決のひとつ。最初はパートナーのサポートを受けながらリテールメディアを稼働させて、いつかは社内の人材だけですべてできるよう、少しずつ強化していく。それが現実的な解決策で、理想的な形だと思います。

成果やパフォーマンスを重視する「スキルファースト・アプローチ」

──広告主やエージェンシーが、リテールメディアを選ぶ際のポイントを教えてください。

これまでAmazonなどの巨大プラットフォームに投資を集中させてきた広告主やエージェンシーの多くは、投資先を多様化したいと考えています。それもリテールメディアが注目された理由のひとつですが、米国ではさまざまなリテールメディアが乱立したことから、ネットワークとして統一化する動きが生まれ、現在も続いています。その中から投資先を選ぶとき、ビジネスの大きさや実績に焦点を置くのではなく、成果やパフォーマンスを重視する「スキルファースト・アプローチ」という考え方が役に立つと考えています。規模ではなく、何ができるか。そこへ視点を移すことで、多様化は進んでいくでしょう。

──現在の米国と同じように、日本でリテールメディアのネットワークが拡大し、マーケティングソリューションとしての活用が本格化するまでに、どれくらいかかると思いますか?

何でも初めてのことは時間がかかりますが、すでにAmazonやウォルマート、リテールメディア・ネットワークが存在しますし、AIなどのテクノロジーも進化しているので、日本のリテールメディアが米国の現状に至るのは、2~3年くらいではないでしょうか。

欧米と異なり、日本のリテールメディアは店舗のデジタルサイネージなどのオフラインから始まりました。開始チャネルは違っても、オンラインから始まればオフラインへ、そしてオフラインから始まればオンラインへと向かうので、フルファネルに向かってエコシステムを築いていこうとする世界的な流れは変わりありません。

ただ、ひとつ気になっているのは、日本だけでなくトレードマーケティングを重視するAPAC全体が、広告主との関係性を自分だけのものにしておこうとするプロテクティブな傾向にあることです。トレードマーケティングから抜け出して、もっとオープンなエコシステムを構築し、より有益で効果的なリテールメディア・ネットワークにしていけば、広告主が本当に望む成果にもつながりやすくなる。たくさんチョイスがあるなかで、戦略的に正しい選択をしていけば、日本のリテールメディアの進化はもっと早くなると思います。

Written by 山本千尋

Photographed by 三浦晃一