『ジョン・ガリアーノ』がドキュメンタリーとして獲得した“映画的なカタルシス”とは

AI要約

映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、天才デザイナーの栄光と転落を描いたドキュメンタリー。ジョン・ガリアーノのキャリアや問題を浮き彫りにし、贖罪の過程を追う。

ファッションに疎い視点からも楽しめる映画で、存命の関係者の証言や映像が豊富に使用されている。ガリアーノの復帰や悩みをリアルに捉えたカットが印象的。

本作はキャンセルカルチャーの問題を提起しつつも、ガリアーノ中心の視点が目立つ。四千頭身の都築拓紀のコメントも秀逸で、天才の生き様に共感を覚える。

『ジョン・ガリアーノ』がドキュメンタリーとして獲得した“映画的なカタルシス”とは

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、アルマーニが似合う男になりたい間瀬が『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』をプッシュします。

■『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』

 正直「ジョン・ガリアーノって誰?」と思った。本作を初めて知った時の正直な感想だ。ジョルジオ・アルマーニやジル・サンダーなど、自身の名を冠した日本で人気の高いブランドのデザイナーであれば一般教養として知っているが、ファッションに疎い筆者はガリアーノの名前すら聞いたことがなかった。ディオールや、メゾン マルジェラのデザイナーとして活躍した人物なのだが、知識のない筆者がこのドキュメンタリー映画を観て面白いのだろうか? と期待せずに試写をしたが、これがなんとも“映画的”で面白かった。なのでここでは、当該知識が全くない人向けに紹介したい。

 本作は、端的に言えば天才の栄枯盛衰を映し出すドキュメンタリーだ。イギリスで生まれ育ったジョン・ガリアーノはデザイナーとしての才能に目覚め、芸術大学を主席で卒業しジバンシィのデザイナーとなる。さらにフランスに渡りディオールのデザイナーの職を手にし、革新的なショーを立て続けに成功させていくが、多忙を極める中で酔っ払ってナチス系の差別発言をしてしまい、煌びやかなキャリアから転落する。その全容についてガリアーノと関係者たちの証言が映されていくなかで、キャンセルカルチャーの問題まで浮かび上がってくる。

 特筆すべきは、対象であるガリアーノや関係者が基本的に存命であること。そのため資料も豊富にあるのだろう、ディテールの部分まで当時の映像が引っ張り出されてくる。本人同士のインタビューの回答にも齟齬が生じており、「あいつはこう言ってた」「それは覚えがないね」のような会話がなされる一幕も。インタビューを通して真相が明らかになっていくのがとても刺激的だ(インタビュアーの能力はドキュメンタリーにおいてとても重要だ)。本作を支えているのは、素材の豊かさと構成の巧みさにあると言える。

 本作の後半は、起こしてしまった一連の問題について、どのように贖罪していくかがテーマになる。その贖罪の過程にあわせて、本人の表舞台への復帰ーー具体的にはマルジェラのクリエイティブ・ディレクターに起用されていく様子が映される。人生の頂点から絶望までを経験した人物が、心を入れ替え新たなスタートを切る。その過程や悩める姿を映したカットに映画的なカタルシスが大きく生まれるのは事実だ。

 しかし一方で、キャンセルカルチャー的な問題提起をしつつその終わり方をするのは、ちょっと目線がガリアーノ寄り過ぎないか? とは思った。それこそが存命の人物を取り扱う作品の難しい点でもあるのだろうが。

 ただ、そういった疑問点はありつつも、やはり映画としてよく練られた作品であることには間違いない。そして本作にはお笑い芸人・四千頭身の都築拓紀が秀逸なコメントを寄せている。

僕は、天才を見ると、正直萎えます。自分よりセンスのある人間が自分より辛い人生の中で自分より努力をしています。故に天才です。故に、萎えます。もちろん、ジョン・ガリアーノも例外ではありません。でも、少しだけ常識の内側にいる瞬間や、良くない外れ方をする人物像にどこか安心してる自分もいました。約2時間、天才を眺めてます。結構萎えます。帰宅道、なぜか仕事を頑張りたくなってます。そんな日に限って、翌日は休みです。(公式サイトより)

 私には感想としてこれ以上のことは言えそうにない。暑い日も寒い日も、風が強い日も、仕事をやり続けていくしかない。ガリアーノの生き様は、それでも自分の心の奥底に響いた。