「別荘に行ったり」「パリでは恋はお遊びですから」名優アラン・ドロンさん死去…親交深いデヴィ夫人がパリでのデートなど秘話語る

AI要約

アラン・ドロンさんが88歳で亡くなったことが報じられ、タレントのデヴィ夫人がその死を悼む。

デヴィ夫人は、ロマンス映画の名優と深い関係があり、共に過ごした思い出を語る。

ドロンさんは映画界に多大な功績を残し、最後は家族や愛犬に見守られて息を引き取った。

「別荘に行ったり」「パリでは恋はお遊びですから」名優アラン・ドロンさん死去…親交深いデヴィ夫人がパリでのデートなど秘話語る

8月18日、「太陽がいっぱい」をはじめとする作品に出演し、世界中の映画ファンを魅了したアラン・ドロンさんが88歳で亡くなった。

生前、アラン・ドロンさんと深い関係があったというタレントのデヴィ夫人が、当時の秘話を明かしてくれた。

これは1970年代初めに、フランス・パリの老舗レストラン「マキシム」で撮影されたという写真だ。

映っているのは、フランスの名優アラン・ドロンさんとタレントのデヴィ夫人だ。

名作「太陽がいっぱい」を始めとする、数々の作品で世界中の映画ファンを魅了したアラン・ドロンさんが亡くなった。88歳だった。

かつてドロンさんと親交があったというタレントのデヴィ夫人は、FNNの取材に応じ、その死を悼みんだ。

デヴィ夫人:

本当に寂しい気がしますね。 (1月に)お見舞いに行こうかしらと思って行けなかったんですけど、そのときに、床に伏せているご病気ということは聞いていたので。

ふたりが出会ったのは1964年。

デヴィ夫人がインドネシアの大統領だった夫のスカルノ氏と来日した際、同じく映画のプロモーションのため日本に来ていたドロンさんを、帝国ホテルのロビーで見かけたのが最初だったという。

デヴィ夫人:

あっと思って、そしたら私たちの視線が合ったものですから、(夫の)大統領がやきもちを焼いて、あの男はなんでいつもあそこにいるんだと。

私たちが出かけるときもいる、帰ってくるとまたそこにいらっしゃる。

その後、スカルノ大統領が失脚し死亡した後、デヴィ夫人はフランスに亡命。そこで、ドロンさんと再会したという。

デヴィ夫人:

よく私のことを笑わせてくれました。本当にユーモアのセンスがおありになって。

2人でデートしたこともあります。

「パリはね、恋はお遊びですから」と話すデヴィ夫人は、アラン・ドロンさんと一時“深い関係”にあったという。

1970年代に、亡命先のパリで何度もドロンさんと会っていたという。

デヴィ夫人:

ウィークエンドに別荘に遊びに行ったり、あとはマキシム(レストラン)で一緒にお食事をしたり。(写真は)彼がおちゃめなことを言って、私は吹きだしているところだと思います。本当に懐かしいです。秘め事でした。

最後に会ったのはもう十数年前、もっと前かもしれない。

ドロンさんは2019年のカンヌ国際映画祭で、映画界に多大な功績を残したとして「名誉パルムドール」が授与された。

その後、脳卒中を患い療養生活を続けていた。

アラン・ドロンさんは18日の早朝、自宅で家族と愛犬が見守る中、静かに息を引き取ったということだ。

(「イット!」8月19日放送より)