無敵の75歳 桂文珍、カミソリに柔らかみ加わり凄み増すばかり

AI要約

上方落語の桂文珍が毎年8月8日に開催している独演会は、今年で42回を数え、会場のなんばグランド花月で大成功を収めた。

桂文珍は年齢を重ねるごとに笑顔で噺を演じ、落語愛を打ち明ける姿が観客に愛されている。

文珍は芸歴55周年記念の独演会を11月に開催し、「集大成ではなく、聴衆の期待に応える楽しさを大切にしている」と語っている。

無敵の75歳 桂文珍、カミソリに柔らかみ加わり凄み増すばかり

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

 上方落語の桂文珍が毎年8月8日に開催している独演会は、今年で42回を数えた。芸歴でいえば55周年。会場のなんばグランド花月(NGK)は当然のように満席となり、75歳が口演する「落語記念日」「雁風呂」「崇徳院」に酔いしれた。

 舞台の文珍を見ていて感じるのは「こんなにも笑顔で噺(はなし)を演じる人だったのか」。若い頃の彼は、カミソリのように繊細で、研ぎ澄まされていたと聞く。周囲がピリピリするほどの存在だったという。

 いま、そんな面影は見えない。落語の登場人物になり切っていた次の瞬間、会場の笑いに応えるように満面の笑みを浮かべるのだ。その表情を見て、観客はさらに笑う。生意気な言い方をさせてもらえるなら、それだけ年齢を重ね、心の余裕が出てきたのだろう。

 舞台の文珍も、客席のファンも、ともにリラックスして、共同作業で笑いの空間を創造しているように映った。

 独演会を終えた文珍は、控室で取材陣に囲まれながらもやはり笑顔を見せた。「42回も続けられたのは、ありがたいこと。自分の実感では5年、6年にしか思えない」と劇場から出された大入り袋を手に、また笑った。

 「この年齢だから疲れもあるし、以前のようには行かない面もあります。でも、年齢を重ねることの面白みもある。好きだからできてるんでしょうね。悪女の深なさけと同じでしょうか、落語とは離れられません」と、落語愛を打ち明けた。

 11月24日には「芸歴55周年記念」と銘打った「桂文珍独演会 ザ・ヒットパレード」をフェスティバルホール(大阪)で行う。すでに「デジタル難民」「老婆の休日」「地獄八景亡者戯」の3席を演じると明言。15年3月に亡くなった人間国宝の桂米朝さんにけいこをつけてもらった古典あり、現代社会を鋭く描く新作あり、まさに文珍ワールド全開となる。

 一方で、文珍は「集大成などとは考えてません。力を入れないネタがええんです。昔やってた噺(はなし)には、高校時代の彼女のような懐かしさがある。舟木一夫さんが『高校三年生』をずっと歌い続けるように、皆さんが聞きたい作品を楽しんでいただくだけ」とも言う。

 2700人を収容するフェスティバルホールでは初の独演会。ゲストには人気の立川志の輔を東京から迎える。「あんなでっかい会場で、言葉だけで勝負するんですが、これまでには西城秀樹さんの(コンサートの)前説で大阪球場(南海ホークスの本拠地)で30分話したこともありました。受けましたよ」と腕を撫(ぶ)す。

 来年には大阪・関西万博を控えるが「頼まれれば、どこでも出ますよ。言語だけで表現するカルチャーが日本にはあるんだ、ということを外国の人にも伝えたい」と意欲満々だ。

 75歳。表情こそ柔和になったが、芸は枯れるどころか、ますます凄(すご)みを増している。【三宅敏】