松本幸四郎の古典愛「今の時代に合わせて堂々とお見せする」後世につないでいく―歌舞伎職人の宿命背負って

AI要約

松本幸四郎は、歌舞伎俳優として45年の節目を迎え、歌舞伎への愛と使命感を持ち続けている。

彼が挑戦する「裏表太閤記」の作品では、歌舞伎を現代の観客にも魅力的に届ける工夫を凝らしている。

また、彼は時代劇においても使命感を持ち、人と人の物語を通じて、普遍性のある価値を追求している。

松本幸四郎の古典愛「今の時代に合わせて堂々とお見せする」後世につないでいく―歌舞伎職人の宿命背負って

 【カレイドスコープ】初舞台から今年で45年の節目を迎えた歌舞伎俳優の松本幸四郎(51)。名門・高麗屋に生まれ、幼少期からそのプレッシャーと闘い続けてきた。それでも変わらないのは歌舞伎への愛だ。“若者の歌舞伎離れ”が指摘される昨今。「何でも簡単に手に入る時代ですが、歌舞伎を見るのは一筋縄ではいかない。だから面白いんじゃない?」。その言葉には、歌舞伎を後世につないでいくための使命感にあふれていた。(吉澤 塁)

 7月1日に大きな挑戦の舞台が幕を開ける。「七月大歌舞伎」(東京・歌舞伎座、24日まで)の夜の部「裏表太閤記」で、市川猿翁さんが手がけた作品を43年ぶりに復活させる。

 歌舞伎の題材になることの多い「太閤記」の物語を、早替わりや宙乗りなどケレン味あふれる演出で再構築した作品。「猿翁さんも当時、その時代に歌舞伎がどう生き残っていくかを思って作られたと思う。僕にとってもとてつもない挑戦」と気合をみなぎらせる。

 初演時より上演時間を短縮し演出も変更。「今のお客さまにも届くよう、ドラマを一部変更して、義太夫の詞章も分かりやすい言葉にしています。役名も豊臣秀吉、明智光秀といった現代の人にも分かる名前に変えました」と工夫を明かした。

 芸を継承することは歌舞伎俳優の生まれながらの宿命だ。1979年に松本金太郎として初舞台を踏み、市川染五郎を経て18年に高麗屋の名跡「松本幸四郎」を襲名。名前が出世するたびに責任も重くなる。当然、先代と比べられることもあるが「お客さまには比べることを楽しんでほしい」とどこ吹く風だ。

 「名前は変わっても、自分は変わってはいけない。変わらず自分が好きなことをどこまでやっていくのか。それができた時、ぼくは引退して陶芸とかしているでしょうね」。ひょうひょうと語りながら去っていくその背中は、自信に満ちあふれていたようだった。

 ≪「鬼平犯科帳」5代目継承 時代劇にも使命感≫幸四郎は祖父の初代松本白鸚さん、叔父の中村吉右衛門さんから人気時代劇「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵役を5代目として引き継いだばかり。「まねするでもなく、あえて見ないふりをするのでもなく、そこから生まれる演技こそが新しい鬼平になると信じています」と力を込める。昨今は時代劇が地上波で放送される機会も減ったが、「時代劇は、人と人が出会って初めて物語が動き勧善懲悪の世界がある。そんな普遍性のある物語を多く放送してもらえるよう、自分も頑張りたい」と使命感をのぞかせた。

 ◇松本 幸四郎(まつもと・こうしろう)本名藤間照薫(ふじま・てるまさ)1973年(昭48)1月8日生まれ、東京都出身の51歳。78年にNHK大河ドラマ「黄金の日日」に子役で出演。79年に「侠客春雨傘」で松本金太郎として初舞台。81年に市川染五郎を襲名。2018年に松本幸四郎を襲名。03年に結婚し、05年に長男が誕生。屋号は高麗屋。