社説:被爆体験者訴訟 政治による早期解決を

AI要約

長崎で原爆に遭った被爆者の健康被害に関する訴訟の判決が不合理な分断を生んだ

広島での判決に比べて長崎の被爆者に対する線引きに疑問が残る

政治による抜本的な解決が必要で、柔軟な対応が求められている

 被爆地で健康被害に苦しむ人たちの間に、不合理な分断を持ち込む判決と言わざるを得ない。

 長崎で原爆に遭ったが、後に国が援護対象とした区域外にいて被爆者と認定されていない「被爆体験者」が長崎県と長崎市に被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の判決があった。長崎地裁は原告44人中15人を被爆者と認めたが、29人の訴えは退けた。

 被爆者援護法が定める「放射能の影響を受けるような事情の下にあった」かどうかについて、地裁は爆心地の風下に位置した地域に放射性物質を含む「黒い雨」が降ったことを初めて認めたが、29人がいた地域には科学的に明確な証拠がないと判断した。

 広島では「黒い雨」による被爆と健康被害を幅広く認めた2021年の広島高裁判決を国が受け入れ、援護区域外で「黒い雨」に遭遇した人たちも救済対象になっている。

 国は、長崎については降雨の記録がないなどを理由に救済対象としていなかったが、地裁は長崎でも「黒い雨」が降ったと判断した。一部でも救済の道を開いたこと自体は認められよう。

 一方、認定の線引きには疑問が残る。原告は全員が被爆者手当の支給対象となる疾病を発症している。雨が降らなかったとしても、わずか数キロ離れた地域に放射能を帯びた物質が飛散し、多くの人が吸引して内部被ばくした。そう考えるのが合理的ではないか。

 被爆の疑いが拭えない人は広く救済対象にすべきとの広島高裁判決からは、後退したといえる。原告側の批判は当然である。

 そもそも、広島の援護区域がほぼ同心円状なのに対して、長崎の援護区域は南北に長く、地元では疑問が投げかけられてきた。

 同じ被爆地として広島との扱いの違いに悩まされてきた長崎の被爆者の間に、新たな「格差」を持ち込むようなことは許されまい。

 

 約6300人(3月末)の被爆体験者は高齢化が進む。訴訟中に原告4人が亡くなった。時間を要する司法判断を待つのではなく、政治による抜本的な解決を急ぐ必要がある。

 岸田文雄首相は8月9日に被爆体験者と初めて面会した後、課題の解決に向けて具体的な対応策を厚生労働省に指示した。

 広島でも新基準からもれる人が出ている。求められるのは、個々の体験者の79年前の被害を詳細に立証することではなく、できるだけ柔軟に対応することだ。