止まらない性欲、ブチ切れそうな怒り…人間の「ありのまま」を肯定した人類学者の「たどり着いた答え」

AI要約

『はじめての人類学』では、人類学の基本的な要素を紹介しており、マリノフスキの研究やトロブリアンド諸島における母系社会に焦点を当てています。

マリノフスキの著作『未開人の性生活』では、異性愛や家族制度について深く探求し、フィールドワークを通じて人間の感情や社会関係を理解する重要性を説いています。

母系社会や父系社会などの親族制度についても詳しく説明し、トロブリアンド諸島の文化や信仰についても触れています。

止まらない性欲、ブチ切れそうな怒り…人間の「ありのまま」を肯定した人類学者の「たどり着いた答え」

「人類学」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろう。聞いたことはあるけれど何をやっているのかわからない、という人も多いのではないだろうか。『はじめての人類学』では、この学問が生まれて100年の歴史を一掴みにできる「人類学のツボ」を紹介している。

※本記事は奥野克巳『はじめての人類学』から抜粋・編集したものです。

『マリノフスキ日記』の女性に対する記述を読むと、そこでの彼自身の恋愛に対する思いが、性愛や家族をめぐる重要な研究につながっていることが分かります。日記の内容がフィールドワークと深いところで関係しているのです。ここでは、特にそのことが顕著に現れた著作として『未開人の性生活』を取り上げてみましょう。

マリノフスキは『未開人の性生活』を以下のような書き出しで始めています。

異性がもたらす魅力とそれが産みだす情熱的なまたセンチメンタルなできごとは、人間の生存にとって、もっとも重要な意味を持つ。それはまた人間の内面的幸福や人生の妙味、意義などにもともと深く結びついている。それゆえ、特定の社会を研究する社会学者にとって、個人の性愛生活をめぐるもろもろの慣習、観念、制度の研究は、基本的な重要性をもつものである。(マリノウスキー『未開人の性生活』泉靖一・蒲生正男・島澄訳、新泉社、1971年、15頁)

マリノフスキは異性の魅力に惹かれて情熱を燃やしたり、その欲望をもてあますことは人間の生存にとってもっとも重要であると書いています。つまりマリノフスキは、現地に暮らす自身の中で湧き起こった感情を受け止め、さらにそこに生きる人々へとその思いを広げているのです。その意味で、人類学者にとってのフィールドワークにおけるテーマとは、自分自身と他者が出合う共通の場で生まれ、成長していくものだと言えます。

ところでトロブリアンド諸島は、母方の系統によって家族や血縁集団を形成する、いわゆる「母系社会」です。人類学において親族関係をどう捉えるかは非常に重要な問題ですので、ここで母系社会に関して説明しておきましょう。

人はたいていの場合、父か母のどちらかの出自を辿って、家族の成員に組み入れられます。父系社会では、子どもが父の子であることによって父の家族の成員になります。一方、母系社会では、子どもが母の子であることによって母の家族の成員になります。その2つの家族形態以外にも、それらのいずれでもない双系社会や、両者が共存している重系社会などがありますが、ここでは父系と母系に絞って説明します。

ほとんどの父系社会は、父系の男性祖先から父を経由して息子へと至る親族制度によって維持されています。これに対して母系社会では、成員権と財産は、男性からその息子ではなく、その姉妹の息子に引き継がれるのがふつうです。母系社会の家族とは一般に、母親の系統によって母方オジ、母親、オイ、メイから構成される集団です。オイから見て、父親よりも母方オジの権利のほうが優越しています。要するに、男の子からみると、実の父親よりも母方のオジさんのほうが近しい存在なのです。そこでは、父親は子どもに対して法的な権利を持ちません。

トロブリアンド諸島の母系社会では、人は死ぬと「トウマ」と呼ばれる死者の島へ行き、幸福な生活を送ると考えられています。死者の霊は、トウマでの生活に飽きると、現世に戻るために「霊児」になるとされます。そしてトロブリアンド諸島に戻り、女性の体内へと入っていくのです。つまり、女性が妊娠して子どもを出産するのは、霊児が彼女の身体に宿ったからだと考えていたわけです。血液は子どもの身体をつくるのを助ける働きがあります。だから、妊娠すると月経が止まるのだとトロブリアンド諸島の人々は説明します。

さらに連載記事〈なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。