労災認定に不服の申し立て 事業者は「できない」 最高裁初判断も当事者の不安残る制度に課題

AI要約

労災保険の制度における事業主の不服申し立て権利についての最高裁判決によって、事業主が労災認定を争うことはできないことが確定した。

厚生労働省が新たな運用を開始し、労災保険料の増額に対する事業主の不服申し立てを認める一方、労災認定に対する不服申し立ては認められない方針を取っているが、その保証が不透明である。

メリット制の効果や不公平性についての検証が求められ、労災の抑止効果や制度の見直しが必要である。

労災認定に不服の申し立て 事業者は「できない」 最高裁初判断も当事者の不安残る制度に課題

 仕事によって病気やけがをした人を国が労災と認めた際、事業主に不服を申し立てる権利があるかが争われた訴訟の上告審判決で7月4日、最高裁は「申し立てることはできない」とする初めての判断を示した。労災認定は労働者と行政との手続きであり、事業主は関与できない中で起きた訴訟。なぜこうした争いが起きるのか、制度の課題は何か、専門家と考える。

(編集委員・河野賢治)

 労災保険は、労働者が仕事や通勤で病気やけがをしたり、死亡したりした場合、治療費などの補償を受けられる制度。本人や遺族が労働基準監督署に申請して認められると給付される。労災保険料は事業主のみが負担し、労災の発生が多いと増額されたり、逆に少ないと減額されたりする場合がある。「メリット制」と呼ばれる仕組みだ。

 厚生労働省によると、労災認定についての事業主の不服申し立ては認められていない。訴訟では、東京の一般財団法人が国に対し、職員の労災認定で保険料が引き上げられ不利益を受けるとして、認定の取り消しを請求。一審は訴えを退け、2022年の二審は事業主の不服申し立ての権利を認めた。上告審で最高裁は、労働者を迅速に救済する制度の趣旨に反する、などとして訴えを退けた。

 訴訟を巡っては日本労働弁護団などが二審判決に反対する声明を発表。事業主が労災支給の決定を争えるようになると、訴訟で主張が認められた場合、既に労災認定された労働者が補償を取り消され、返還を求められる恐れがあると指摘。メリット制に関しても、事業主の労災の防止につながらないとして見直しを求めていた。

 今回の訴訟には、労災認定されていた一般財団法人の職員も補助参加人として関わった。職員の代理人を務めた嶋崎量(ちから)弁護士(日本労働弁護団常任幹事)に、判決の意義や制度の課題などを聞いた。

  -最高裁判決をどう受け止めている?

 「労災の給付決定について、事業主は争えないという厚生労働省の運用が確定した形で、当然の結論だ。最高裁が判断を示したことで、今後は労災認定そのものを事業主が争うことはなくなるだろう」

 -労働者の不安は取り除かれたと言えるか。

 「これで安泰とは言えない。厚労省は二審判決後の昨年1月、事業主に労災認定への不服申し立てを認めない原則を維持する一方、メリット制による労災保険料の引き上げについては不服申し立てを認める運用を始めた。増額への不服が認められれば引き上げは取り消される。厚労省はその際、労災認定そのものは維持し、労働者に給付した分の返還は求めない-とした。しかし法律で定められているわけではなく、保証されるかは分からない」

 「労災の支給要件を満たさないと判断したから保険料増額を取り消したのに、労働者への労災給付は続く形で、訴訟になった際に裁判所がどう判断するかも不透明だ」

 -新たな運用は、労災補償の可否を判断する労働基準監督署の審査に影響するだろうか。

 「事業主は保険料増額の取り消しを訴訟で求めることができ、労災と認めた労基署の判断が不当と判断される可能性がある。労基署がそれを避けるため、労災認定に慎重になる恐れは否定できない。国は保険料引き上げについても、事業主の不服申し立てを認めない運用に改めるべきだ」

 -今回の訴訟のような問題の背景に、日本労働弁護団などはメリット制の弊害があると指摘している。

 「メリット制の対象となる事業主は労災が起きると保険料が引き上げられるため、労災認定や保険料増額を争う動機になっている。メリット制の目的は事業主の保険料負担の公平化と労災の防止だが、制度が適用されるのは、おおむね従業員100人以上の事業主で、労災事故を防ぐと保険料負担が軽くなる利点は大企業にしか及ばない。中小企業は労災を起こしていなくても恩恵を受けられず、逆に不公平だ」

 「政治判断で一部の疾病にメリット制が適用されない点もどうなのか。例えば新型コロナ感染症による労災はメリット制の対象外だったのに、5類移行で適用されることになった。制度の安定性に欠ける」

 -メリット制に労災の抑止効果はあるだろうか。

 「効果は疑問に思う。建設分野などでは事業主が保険料増額を避けるため、労災が疑われても労基署への申請を控える『労災隠し』の事例があると報告されている。メリット制が適用される事業主と、それ以外で労災の発生がどのくらい違うか、データを基にした調査が不十分で効果が検証されてもいない。制度の抜本的な見直しが欠かせない」