「俗界富士」から二十数年 写真家・藤原新也さんが思う「コンビニ富士騒動」

AI要約

写真集「俗界富士」が企画から生まれ、独自のアプローチで富士山を撮り続ける写真家の物語。

「コンビニ富士事件」が再び話題になり、SNSやマスメディアで大きな反響を呼ぶ。

写真の撮影行為とSNS時代における承認欲求についての考察。

「俗界富士」から二十数年 写真家・藤原新也さんが思う「コンビニ富士騒動」

 二〇〇〇年に上梓(じょうし)した拙著「俗界富士」という写真集がある。この写真集はあるカメラ雑誌でさまざまな写真家が富士山に挑戦するという企画から生まれたものだ。富士山は写真の歴史とともに膨大に撮られてきた定番であるがゆえに、それをどのように撮るかというのは写真家の腕そのものが試される企画でもある。私は熟考し、誰もが撮ったことのない富士として、俗界の猥雑(わいざつ)な空間から顔を覗(のぞ)かせる富士を撮り歩いた。その写真集の中の一点に静岡県富士宮市で撮られたコンビニのセブンイレブンを前景にした「コンビニ富士」なるものがある。この思いもよらない富士の姿は写真集の中でも異彩を放ち、評判を呼んだ。それから時を経た二〇一二年私の眼はテレビから流れるあるCMに釘(くぎ)付けとなる。写真集のコンビニ富士と瓜(うり)二つの映像がセブンイレブンのコマーシャルで流れたのだ。撮影対象となったセブンイレブンは静岡県富士市の富士市吉原店との事だったが、それは俗界富士のアイデアを借用したものと思えた。コマーシャルというものはその制作の過程で出演タレントを含め、あらゆる資料をデスクの上に積み上げ、アイデアを練ると言うのがごく普通のことだからだ。

 それから十二年ほどを経た令和六年の今年、ふたたび“コンビニ富士事件”が持ち上がる。同じく店舗の背景に富士が顔を覗かせている山梨県のローソン河口湖駅前店が話題になり、人々が大挙して押し寄せた例の“事件”である。それによってローソン前では交通障害が発生し、管轄の自治体は事態を収束すべく歩道に沿って農業用の遮光幕を張り巡らした。その異様な光景はマスメディアやSNSでまた話題を呼び、さらにはその後遮光幕に十箇所ほど小さな穴が開けられ、その穴から撮った富士も話題を呼ぶこととなる。さらにはその穴を撮影するためにわざわざ現地に訪れる者も輩出するという“コンビニ富士事件”は炎上の悪循環の様相を呈した。昨今YouTubeをはじめさまざまなSNSでは再生回数を稼ぐために陰謀論やマイナス情報を流すことがあるが、コンビニ富士事件は期せずして自ずとこのパターンに嵌(はま)り、訪問客(再生回数)を増やす結果となる。その意味において“コンビニ富士事件”はすぐれて今日的SNS現象であるとも言える。

 一連の出来事は情報が瞬時に拡散し、そこに人々が一極集中化する昨今の人々の行動パターンの典型であり、過去の「物見遊山」と異なるのはそこにSNSとカメラ機能を持ったスマホが介在しているということだ。今日ほぼ全ての人が写真を撮る時代なわけだが、その写真を撮る行為が過去と異なるのは撮ることと見せることがセットになっているということだ。写真行為とはSNSでアップされ、他者からの「いいね」などの評価を得る一手段なのだ。その他者に承認を求めるという近代の病とも言うべき情操は今にはじまったわけではなく、ジョン・レノンも一九七〇年のアルバムの中の一つの楽曲のタイトルとして使った「Look At Me(私を見て)」という言葉にも現れる。さらにはSNS前の自己承認を満たすサブカルチャーとして女子中高生の間で流行ったプリクラブームもまたメディアによって変質した「Look At Me」現象のひとつと言えるだろう。私はかつて女子高生のカバンの中から出てきた何百人ものプリ友を収集した分厚いプリクラブックを見てその行きずりの友が多ければ多いほど虚(むな)しさを感じたものだが、次にやってきたこのSNS時代にあっては写真という物質すら消え、そこには「いいね」のキーボードに軽くタッチするだけの希薄な他者との関係性のみが居残り、その虚しい承認欲求は食べても食べても満足に至らない過食症に酷似する。

 ただこのたびの“コンビニ富士事件”に一抹の救いがあるとするなら、そんな身体性を失ったネット民が泰然自若として揺るぎのない富士山を現代の象徴であるコンビニの向こうに求めようとしたことだ。私にはこれは形を変えたこの時代における富士詣でのように思えるのである。

 ◆◆ふじわら・しんや◆◆ 1944年、北九州市門司区生まれ。インドを振り出しにアジア各地を放浪する。木村伊兵衛写真賞や毎日芸術賞などを受賞。「東京漂流」「メメント・モリ」など著書多数。