低い年金給付 不公平と非効率

AI要約

2024年に行われる年金の財政検証で現在の年金制度全体の問題が議論されていないことが指摘されている。

高齢期の貧困対策と人手不足への対応が現在の年金制度でうまく機能していないことが課題とされている。

特に基礎年金の水準の低さや国民年金制度の崩壊について詳しく解説されている。

低い年金給付 不公平と非効率

 元財務官僚で明治大学公共政策大学院教授の田中秀明氏は毎日新聞政治プレに寄稿した。

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 2024年は、5年に1度の年金の財政検証(将来の給付水準などを検証するもの)が行われる。

 厚生労働省の社会保障審議会年金部会で検討されているが、個別のテーマについてどうすべきかが主に議論されており、現在の年金制度全体の問題は十分に分析されていない。端的に言えば、合意できそうな手段の議論しか行っていない。

 現在の年金制度にはさまざまな問題があるが、筆者は、①高齢期の貧困の予防や是正になっていないこと、②人手不足への対応や多様な働き方に対して障害になっていること――の2点が大きいとみている。

 そこで、5回にわたってこの二つの問題を考える。

 ◇崩壊している年金制度

 日本の65歳以上の平均所得は全国民の平均所得の85.2%で、イギリス(86.4%)、スウェーデン(86.5%)、ドイツ(87.5%)とほぼ同じだ(20年、経済開発協力機構=OECD=データ)。

 しかし、貧困率 は20.0%だ。イギリス(13.1%)、スウェーデン(11.1%)、ドイツ(11.0%)のほぼ2倍で、アメリカ(22.8%)とほぼ同じだ。

 また、65歳以上の生活保護率は、1995年の1.55%から2020年の2.91%まで上昇している。なお、65歳未満は、10年ごろまでは上昇したが、その後減少に転じている(50歳未満の保護率は2020年で1%以下)。現在では、生活保護世帯の半数以上は65歳以上だ(24年2月で55.0%)。

 年金制度の目的は、老後に貧困に陥らないことだ。しかし、日本の年金制度は、その目的を達成していない。理由の一つは、基礎年金、すなわち「1階部分は日本に住む20歳以上の人全員が加入」(厚生労働省の説明)し「基礎」を支えるものになっていないからだ。

 基礎年金を満額受給できても、それは現役の平均賃金の15.1%でしかない(20年、OECD推計)。基礎年金制度がある国の水準は、オーストラリア28.2%、カナダ14.6%(これに加えて、低所得の高齢者には生活保護と異なる補足給付があり、その9.8%を合計すれば24.4%)、オランダ29.1%だ。

 また、日本で厚生年金に加入した場合、現役の労働者の平均賃金と比べた年金の水準(代替率)は32.4%だ(平均賃金を得ていた場合、OECD推計)。この水準は、OECD38カ国中、7番目に低い。

 この基礎年金の水準は、国民年金に加入し保険料を40年間収めた場合で(23年度で基礎年金の満額は月額6万6250円)、実際の給付水準はもっと低い。

 22年度で、25年以上国民年金に加入した場合の平均月額は5万8113円で、25年未満の場合は月額1万9012円だ。

 なぜ、満額と比べて少ないかというと、保険料を十分納めることができなかったからだ。

 国民年金加入者1405万人中、保険料納付者はその半分の709万人だ(22年度末)。しかも、この中には、保険料が減免された人もいるので、満額を納めている人はもっと少ない。

 なぜ満額負担できないかというと、国民年金の保険料は、原則として、所得に関わらず、月額1万6980円(24年度)で、所得の低い者ほど所得に対する負担割合が高くなるからだ。

 所得が低いと、保険料を減免できるが、そうすると、年金給付も減額される。保険料を満額負担できる者が全体の半分にも満たない制度は、崩壊していると言ってよい。

 それは、「基礎年金」が諸外国のように国民全員を保障する制度ではないからだ。厚生労働省の資料には、「国民年金(基礎年金)」と書かれ、全国民に共通する1階の制度と説明されているが、これは事実ではない。

 このカッコを理解している国民はほとんどいないだろう。日本の年金制度は、「国民年金」と「厚生年金」であり、職業などによって分かれている。国立社会保障・人口問題研究所が作成する、公的な資料「社会保障費用統計」には、国民年金・厚生年金は出ているが、「基礎年金」という制度は出てこない。

 基礎年金とは、財政的に立ち行かなくなった国民年金を支援するために、厚生年金の保険料を流用するために1985年に導入された仕組みだ。

 国民年金の支援と説明すると、国民の反発を受けるので、「国民誰にも共通」という理屈を持ち出したのだ。厚生年金の定額部分と国民年金(もともと定額)を同一にして、「基礎年金」と呼ぶことにした。

 基礎年金部分の半分は税金で、残りは保険料で賄われている。保険料を負担しないと、給付の半分はもらえても、満額は受給できない。

 このような税金と保険料が混合した仕組みが不公平と非効率をもたらしている。

 上場企業の社長の年金も税金で支える一方、低所得者の給付は少ない。低所得者は保険料を負担できなくても、消費税は負担している。比喩的に言えば、低所得者が負担した消費税で社長の年金も賄われている。

 こうした状況で、国民年金の給付は今後さらに削られる一方、国民年金保険料の納付期間が検討されている。

 次稿(国民年金のさらなる削減 矛盾と差別)では、これらの問題点を指摘する。