松本サリン事件から30年 年月経ても悲しみは消えず
1994年、長野県松本市で起きた「松本サリン事件」から30年が経過し、犠牲者の家族や仲間は未だに悲しみを忘れない。
事件後、母親は心の傷が癒えず、犯人が判明するまで苦悶の日々を送った。
死刑囚の執行や後継団体の存続に対し、遺族は納得できず、存在をなくすべきだと主張している。
1994年、長野県松本市の住宅街でオウム真理教の幹部らが猛毒ガスのサリンをまき、住民8人の命が奪われた「松本サリン事件」から、27日で30年となる。大切な人を亡くした家族や仲間にとって、あの日の記憶と悲しみが消えることはない。
「あの事件のことは今も身近に感じています。どんなに年月がたっても、私たちにとっては毎日があの日のままなんです」
会社員として長期出張中だった次男の小林豊さん(当時23)を亡くした母・房枝さん(82)は6月中旬、静岡県掛川市の自宅で取材に応じた。
事件後の数年は、心の傷がなかなか癒えなかった。「気分が沈んでしまって、夜寝られたと思っても、悪い夢を見てしまったこともありました」
最初は犯人が誰かも分からず、苦悶(くもん)の日々。オウム真理教による犯行の疑いが浮上し、裁判が始まってからも関係者の数が多すぎて、怒りの矛先をどこにむけたらいいのか分からなくなった。
2018年、松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚や実行犯の死刑が執行されたが、「豊が帰ってくるわけでもなく、私たちの心が軽くなったということはまったくありませんでした」。
そんな房枝さんにとって、教団の後継団体が、今なお各地で存続しているのは、納得がいかないという。「別の組織だと主張しているとしても、宗教の名の下に、そのままにしておいてよいのでしょうか。私たち遺族とすれば、存在自体をなくしてほしい」