こんなはずでは…。2億円で〈同業買収〉を決めた金属加工メーカー、売り手企業の「まあ大丈夫だと思いますよ」を鵜呑みにした結果

AI要約

M&Aは企業価値の向上に貢献するが、想定外の結果も珍しくない。

異業種同士のM&A事例を通じて、陥りがちなポイントを探る。

グループビジョンに基づいたビジョン共有やシナジーの最大化が成功の要因。

こんなはずでは…。2億円で〈同業買収〉を決めた金属加工メーカー、売り手企業の「まあ大丈夫だと思いますよ」を鵜呑みにした結果

M&Aで企業価値の向上を実現するには、どうすればよいのか。M&Aは実行前に想定していたシナリオと異なる結果になる事例も珍しくなく、同じ手法を使っても結果が出るケース・出ないケースがあります。丹尾渉氏の著書『M&A成長戦略』(監修:株式会社タナベコンサルティング 戦略総合研究所、ダイヤモンド社)より一部を抜粋し、二つの事例から、M&Aを進める際に陥りがちな「罠」を見ていきましょう。

M&Aは上場企業のみならず、今や中堅・中小企業からも市民権を得た経営手法といっても過言ではないだろう(図表1)。

M&Aは短期間で既存事業の強化や事業ポートフォリオの転換、業績の向上に寄与し、広く企業で活用されている。しかし、一方で、M&Aの実行前に想定していたシナリオと異なる結果になる事例も少なくない。M&Aは不動産のように、ある一定の計算方法に従って時価が決定する現物取引のようなものではない。生きた「企業」の存続・廃業をかけたやりとりである。そこには企業で働く役員・従業員の意思や取引先との関係、ビジネスモデルといったさまざまな要素が影響しているため、それらの将来像を読み解くことは容易ではない。

本稿では、まずM&Aを通じて企業価値向上の礎を築いた事例と、当初に思い描いていた結果を出せなかった事例の二つを紹介する。同じM&Aの手法を活用しながら、同じ結果にならなかった両社には、どのような違いがあるのだろうか。その違いを分析することで、M&Aを進める際に陥りがちなポイントを整理したい。

建設業A社(年商120億円、譲受側)は、製造業B社(年商10億円、譲渡側)を100パーセント株式譲渡で譲り受けた。M&Aの多くは同業の企業を譲り受けるパターンが多い。同業であれば、ある程度の事業内容を把握しやすいため、M&Aにかかる時間を短縮できる上、仮に譲渡企業の業績が悪化していても、譲り受ける企業は自社のノウハウを活用してリカバリーしやすいという利点があるためだ。しかし、本件は異業種同士のM&Aであった。

そもそもA社でM&Aが検討される発端となったのは、グループビジョンであった。今後のグループの成長戦略を描くなかで、グループ会社間のシナジー(相乗効果)をどのように創出していくかを検討したところ、グループ内でのやりとりだけでなく、不足している機能を外部からいかに獲得するかがポイントとなった。A社では自社と同じ建設業だけでなく、その周辺領域も対象にビジネスモデルを構築しようと考え、それに見合った企業をM&Aで譲り受けることにより、シナジーを最大化させることをビジョンに盛り込んだ。M&Aの対象は当然、異業種も入っていた。

A社のグループビジョンの内容を把握したTCGでは、工場内設備を製造しているB社に着目し、M&Aの候補企業としてA社へ提案した。B社の事業はA社にとって周辺領域に該当するものであった。一方のB社側も、M&A(事業譲渡)を検討していた。その背景には「事業承継の課題」と「社内体制の立て直し」があった。B社の代表取締役は80歳を超え、社内に後継者がいなかったため、親族内承継や社内承継ではなく、外部の第三者への承継を決断した。事業に関しては、これまで培ってきたビジネスモデルをもとに、従業員主導で日々の営業や製造は滞りなく回っていた。しかし、今後の戦略については、80歳代の代表取締役を含め、主導して発信する役員や管理職が見当たらず、業績向上に向けた事業戦略・経営戦略の検討が急務であった。そのような状況のなかで、B社はA社と出合った。

B社のA社に対する第一印象は、異業種である自社の事業をどこまで把握してもらえるのか、という不安であった。だが、この不安はすぐに解消されることとなる。それは、A社が過去にB社の製品を目にしており、交渉の早い段階からB社の事業に理解を示すことができたからである。また、A社はこれまでに複数回のM&Aを実施しており、そのいずれにおいても従業員を解雇したことがないという実績もあった。この点がB社に安心感を与えることとなった。

本件のディール(M&Aの一連の取引)の争点は、異業種であるA社がB社の事業を成長させることができるのか、さらにいえば、A社は譲り受けた直後からB社のビジネスモデルを再現することができるかどうか(事業の再現性)である。この点について、交渉を重ねる上で重要な役割を果たしたのは、A社がグループビジョンで掲げた「グループ会社間のシナジー」である。グループビジョンにおいて異業種も含めたビジネスモデルの整理を行ったため、B社に対して説得力のある内容で事業戦略を説明することができた。

また、当時のB社は大手企業からの引き合いが売上げの中心を占めており、業界内では一定のブランド力を有していた。そのため、今後の課題は、いかにして営業力を強化していくかであった。この点に対し、A社が工場建設を手掛ける際にB社製品を一緒に提案したり、A社とB社が互いのクライアントに営業活動(クロスセル)を行ったりなどして、シナジーが見込めるのではないかとの結論に至った。

両社は複数回の面談と交渉を経て、晴れて株式譲渡契約を締結し(図表2)、同じグループとなった。A社は譲り受けた直後からB社へ役員と担当者を派遣し、B社内の現状認識と体制構築を緩やかに進め一体感を醸成した。その結果、B社は新たな指揮官を得たことで、役員の派遣直後から従業員の動きが活発になり、当初心配していた事業の再現性を支えている。最終的な成果を評価するには、さらに複数の事業年度を経る必要があるが、本件はグループシナジーによる企業価値の向上が見込める、異業種間M&Aの好事例といえる。