噴霧乾燥技術のリーディングカンパニー「大川原化工機」をある日突然襲った「冤罪事件」

AI要約

組織不正が繰り返される事例について解説。

噴霧乾燥技術を扱う大川原化工機事件の詳細。

誤解から逮捕された大川原化工機事件の経緯。

噴霧乾燥技術のリーディングカンパニー「大川原化工機」をある日突然襲った「冤罪事件」

 三菱自動車やスズキの燃費不正、エンロン、ワールドコム、東芝の不正会計、ジェネリック医薬品の生産拡大によって生じた製薬業界の品質不正、冤罪の被害を受けた大川原化工機事件に象徴される軍事転用不正etc.

 組織不正は、なぜあとを絶たないのか――。

 組織不正がひとたび発覚すれば、企業の株価や評判は下がり、時には多くの罰金を払う必要が生じる。最悪の場合、倒産の可能性さえある。にもかかわらず、それでも組織不正に手を染めてしまうのはなぜか。

 組織不祥事や組織不正の研究を続けている立命館大学経営学部准教授・中原翔氏が、組織をめぐる「正しさ」に着目した一冊、『組織不正はいつも正しい』から一部を抜粋してお届けする。

 大川原化工機は、もともと噴霧乾燥技術のリーディングカンパニーであり、国内外に多くの噴霧乾燥機(スプレードライヤ)を納入してきた企業です(*1)。一九八〇年の創業当初より噴霧乾燥機部門に注力しており、技術改良と独自の技術開発を行いながら、現在の噴霧乾燥技術の下地を作ってきました(*2)。

 この噴霧乾燥機とは、簡単に言えば、液体を乾燥し、粉にするための装置です。液体を細かい霧状に噴霧(吹き付け)して、熱風と効率良く接触させることにより、水分を蒸発させて、短時間で粉状の製品を作り出すのです。例えば、牛乳を噴霧すれば粉ミルクを、コーヒーを噴霧すればインスタントコーヒーを作ることができます(*3)。

 このような粉ミルクやインスタントコーヒーは、私たちの身近な製品でもあるため、こうした噴霧乾燥技術が私たちの日常生活を支えていることは想像に難くないと言えるでしょう。何より、液体であれば重く短期間しか保存できないのに対して、粉であればより軽く長期間保存できるのですから、流通や販売において大変重要な技術であると言えます。

 大川原化工機は、こうした噴霧乾燥技術によって、国内でも高いシェアを誇り、中国をはじめとした海外三カ国一地域の拠点をもつリーディングカンパニーとなっていたのです。

 ところが、ある日突然、悲劇が襲いました。

 二〇二〇年三月一一日、大川原化工機の役員を務めていた大川原正明さん、島田順司さん、相嶋静夫さんが警視庁公安部によって逮捕されてしまったのです。同月三一日には、外為法違反の疑いで起訴されています。

 この原因は、国際基準のあいまいさにありました(*4)。先に説明したように、わが国においては、ある製品が軍事転用可能かどうかを国際輸出管理レジームの国際基準に基づいて法規制がなされています。生物・化学兵器については、「AG(オーストラリア・グループ)」の規制リスト(control list)に国際基準が定められていました。

 この規制リストでは、「装置を分解しないで滅菌(sterilized)または化学物質による消毒(disinfected)ができる装置」が規制対象となっていました。しかしながら、わが国では規制リストに基づいた省令において、この化学物質による消毒を意味するdisinfectedが、あいまいな概念である「殺菌」と訳されてしまい、化学物質に限らない消毒で「殺菌」ができてしまう解釈の余地を残していたのです。

 そのため、化学物質による消毒を行わない噴霧乾燥機も「殺菌」機能をもつと考えられてしまったのです。

 大川原化工機をはじめとする産業界では、「殺菌」とはすなわち化学物質による消毒以外にないと考えられていました。しかし、わが国の省令においてきちんと「殺菌」が何かを定めていなかったがために、警視庁公安部によって大川原化工機の噴霧乾燥機が軍事転用可能であると考えられてしまったのです。

 ただし、こうした危険性もあることを踏まえて、大川原化工機は二〇一八年一〇月頃から行われた捜査において全面的に協力していました。逮捕されるまでの約一年半において、資料も多数提出し、任意の取り調べも受けていました。かつ、その取り調べは役員・従業員五〇名が対象となり、合計で二九一回に及んだとされています(*5)。

 もちろん、大川原化工機では、この捜査において噴霧乾燥機が軍事転用可能な製品ではないことを主張してきました。

 本件は結果的に一審において冤罪であったことが明らかになっていますが、なぜ警視庁公安部は大川原化工機にこだわらなければならなかったのか。以下では、警視庁公安部が逮捕に至るまでに行った経済産業省との調整や捜査についての経緯を確認していきたいと思います。