自民党総裁選の争点に?「金融所得課税」本当のところ

AI要約

自民党総裁選で金融所得課税が争点となるが、現在は他の政策対応が進んでおり、金融所得課税が直接の争点ではない。

金融所得課税の問題や背景、1億円の壁問題、そして最近の課税強化対応について整理されている。

現在の金融所得課税をめぐる議論は、ミニマム税導入や他の政策アプローチが検討される中、石破氏の発言は他の候補者から批判を受けるなどの複雑な状況にある。

自民党総裁選の争点に?「金融所得課税」本当のところ

 自民党総裁選で金融所得課税が争点の一つにとりざたされる。立候補者の石破茂元幹事長が課税強化に前向きな発言をしたことに、他の立候補者が批判し、対立軸が生まれたためだ。金融所得課税は、2021年の総裁選で岸田文雄氏が課税強化を掲げたものの首相就任直後に断念した経緯から、話題になりやすい素地がある。だが、その後、富裕層への課税強化を目指す別の政策対応が進んでおり、現在、金融所得課税が争点になる状況にはない。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】

 ◇石破氏「実行したい」発言に批判噴出

 金融所得とは、株式・投資信託の売却益や配当・分配金をいう。給与など他の所得と切り離し、一律約20%(所得税15%・住民税5%)の税率を課す。

 自民党総裁選で金融所得課税をめぐる論争が起きた。石破氏が9月2日、テレビの報道番組で課税強化について「実行したいですね」と発言したのが発端だ。

 これに他の立候補者から異論が噴出した。前経済安全保障相の小林鷹之氏は3日、ネット交流サービス(SNS)に「中間層に対する増税となりかねず賛同しません」と書いた。元環境相の小泉進次郎氏も同日「貯蓄から投資へと歯車が動き出した。金融所得課税を議論するタイミングではない」と反論した。

 論争は広がりをみせた。経済同友会の新浪剛史代表幹事は3日の記者会見で、税率は「25%くらいあってもいい」と増税容認を示した。衣料通販ZOZO創業者の前沢友作氏は4日、SNSで「投資を始めようとする人たちが増えてきたのに増税はやめて」と異を唱えた。

 少額投資非課税制度(NISA)の拡充を機に、投資に取り組む人は増えている。突然浮上した増税論争の行方を不安視しているかもしれない。

 だが実は、金融所得課税をめぐっては、現在大きな対立軸はなく、当面増税に発展することは考えにくくなっている。

 それを確認するため、これまでの議論を整理しよう。

 まず、金融所得課税の問題とは何か。

 所得税は所得が高いほど税率が上がる7段階(5~45%)の累進課税が原則で、住民税10%と合わせた最高税率は55%になる。

 ところが現実には、所得が高い人ほど税負担が増しているわけではない。国税庁の22年統計から所得額と税負担率との関係をみると、所得1億円が税負担率26%とピークとなり、1億円を超えると負担率は低下する。これは「1億円の壁」と呼ばれる。

 原因は金融所得課税にある。一般に高所得者ほど金融所得の割合が大きいが、その税率は一律約20%と、累進課税の最高税率55%を下回るため、高額所得者ほど税負担率が下がる逆転現象が生じる。

 これには富裕層を優遇して税の公平性をゆがめる問題がある。税の再分配を弱め、格差を広げる懸念がある。

 「1億円の壁」を最初に指摘したのは野党だが、与党の問題意識も強く、税制の課題となってきた。

 背景には、富の集中が進んでいることがある。財務省によると、19年の金融所得は上位わずか0.03%(1億円以上)の人が全体の37%を得ていた。

 格差を示す指標に、所得上位10%の人の所得が下位10%の人の何倍なのかを示す「P90/P10」がある。経済協力開発機構(OECD)によると日本は5.2倍(21年)。主要7カ国で米国に次ぎ高い。

 ◇富裕層をピンポイントで狙う「ミニマム税」とは?

 21年の自民党総裁選では金融所得課税の強化が争点化した。現首相の岸田氏は「1億円の壁」打破のために課税強化を掲げて当選した。

 だが、総裁選と前後して株価が下落し「岸田ショック」と批判される。首相就任後、岸田氏は「当面は金融所得課税に触ることは考えていない」と軌道修正し、事実上封印した。

 ここで肝心なのは、金融所得の課税強化は断念したが「1億円の壁」是正への進展はあったことだ。23年度税制改正では三つの関連政策を導入した。

 一つ目は、富裕層の課税強化だ。所得3.3億円超の人を対象に、3.3億円を超える額に税率22.5%を掛けた額が所得税額を上回る場合、差額を追加課税する。つまり「所得税最高税率45%の半分」の最低税率を課し、税負担を引き上げる狙いだ。25年に導入する。

 これは高額所得者に最低限支払うべき税金を課すもので「ミニマム税」と呼ばれる。対象は年間200~300人程度とみられるが、税の公平性に向け一定の効果が期待できる。

 なぜ、こうした手法を取るのか。

 「1億円の壁」の是正に金融所得の税率を引き上げると、高所得層だけでなく、投資をする中低所得層にも影響が及ぶ副作用を伴う。大和総研の試算では、税率を5%引き上げると、所得1億円超の層より同400万~1200万円層の税負担の影響が大きい。

 富裕層へのピンポイント課税なら副作用は回避できる。ミニマム税の効果は未知数だが、思ったような効果が得られなかったとしても、課税対象や税率を調整すれば改善が見込める。

 政策の二つ目は、NISA拡充だ。非課税投資枠を年間計360万円、生涯計1800万円に広げた。家計の安定的な資産形成を支援するのが狙いだが、この枠内で投資をする中低所得層なら金融所得課税の影響は受けないという意味がある。

 三つ目は、スタートアップ企業への投資を税優遇する「エンジェル税制」の拡充だ。保有株式の売却益をスタートアップに再投資する場合は非課税とする。

 従来、高額所得者は「上場株式の売却で利益を得ている」というイメージが強かった。しかし、財務省の最近の納税データ分析では、非上場株の売却益がその2倍あった。

 スタートアップ創業者が事業売却や株式上場で創業者利益を得るケースも多い。単に金融所得課税を強化するだけでは、起業を妨げ、経済成長の阻害となるという問題認識が強まっているわけだ。

 ◇「1億円の壁」是正に別の政策アプローチ

 以上の流れを確認したうえで、今回の金融所得課税をめぐる議論を確認しよう。

 発端となった石破氏の発言は、共演した中北浩爾・中央大学教授(政治学)の質問に答えたものだ。

 中北氏が、岸田氏が課税強化を断念したことを挙げ「石破政権になった場合はどうか」と水を向けると、石破氏は「実現したいですね。どんな抵抗があったか知らないが、それが後退しちゃった感がありますよね」と応じた。

 つまり、自らの提案ではなく、具体的な内容もない。岸田政権との違いを強めるあまり、踏み込み過ぎた印象を受ける。

 この発言は「貯蓄から投資へ」の流れに逆行する、という点から批判が出た。だが、真の問題は、ミニマム税導入などの最近の政策対応が反映されていない点にある。他の候補者が違和感を持つのは当然だった。

 3年前と異なり、「1億円の壁」是正には、金融所得課税と別のアプローチによる政策のレールが敷かれている。23年の税府税調答申は、25年にミニマム税を導入し、税務データを分析して、その政策効果をみるという流れを示した。

 3日に出馬表明した官房長官の林芳正氏も「25年の状況を見定めて、さらに何かする必要があるか検討すべきだ」と述べた。これが、政府・与党のコンセンサスだ。仮に、金融所得課税の見直し議論があるとしても当面先の話であり、現時点では争点になりえないと考えるのが普通だろう。