家庭用ストーブ首位でも控えめだったロゴを刷新 ダイニチ工業3代目は上位モデル戦略で利益率をアップ

AI要約

ダイニチ工業は、業務用や家庭用のストーブで高いシェアを誇るメーカーで、2022年には3代目社長に吉井唯さんが就任。社長就任後は新たな柱として空気清浄機やコーヒー豆焙煎機といったジャンルを打ち立てようとしている。

創業者である祖父が1964年に石油バーナーや石油ふろ釜を製造販売する会社として創業し、石油ストーブメーカーとして地位を確立。現在では家庭用ストーブの販売数量で業界トップシェアを獲得している。

吉井さんは父から勧められずにダイニチ工業に入社し、経験を積み、社内外の視点から企業の強みや課題を見極め、経営を牽引している。

家庭用ストーブ首位でも控えめだったロゴを刷新 ダイニチ工業3代目は上位モデル戦略で利益率をアップ

 新潟市のダイニチ工業は、業務用や家庭用のストーブで高いシェアを誇るメーカーです。創業者の孫で吉井唯さん(48)が2022年、3代目社長になりました。家業に入ってから、製品の認知度に課題を感じ、控えめだったロゴを一新して前面に出したり、上位モデルがより目立つように商品ラインアップを見直したりして、利益率を高めました。社長就任後は、「脱石油」の流れを意識しながら、空気清浄機やコーヒー豆焙煎機といったジャンルを新たな柱として打ち立てようとしています。

 ダイニチ工業は1964年、吉井さんの祖父の佐々木文雄氏が、石油バーナーや石油ふろ釜を製造販売するメーカーとして、新潟県三条市で創業しました。

 その後、1971年に開放式の石油暖房機器(ブルーヒーター)を製造販売したことで、石油ストーブメーカーとしての地位を確立。現在、家電量販店で販売されている家庭用ストーブの販売数量では、業界トップシェアを獲得しています。

 直近の売上高は196億5千万円(2024年3月期)、従業員数は500人(2024年4月現在)です。

 吉井さんが幼少のころ、1999年から社長を務めた父久夫さん(現会長)が、家で仕事について話すことはほとんどありませんでした。「自分が会社を継がないといけないというのはなんとなく思っていましたが、誰かに言われたことはありませんでした。祖父や父が働いている会社を見てきたため、ダイニチ工業に対するあこがれはありました」

 大学院に進んだ後、就職するタイミングで、ダイニチ工業に入社したいと父に相談しましたが、「普通に(他の会社に)就職するように」と勧められ、関西に拠点があるメーカーに技術者として就職しました。

 その後、父から話があり、2014年4月にダイニチ工業に入社しました。

 最初に開発部門に配属され、その後は管理本部長として、経営と開発を横断的に見る立場になりました。「経営の経験はありませんでしたが、前職がメーカーでしたので、ものづくりの基本的な知識が身についていたのは、大いに役立ちました」

 ただ、会社員だったころの異動に比べ、プレッシャーは非常に大きかったそうです。

 「他のメーカーを経験してよかったのは、ダイニチのいいところと足りないところが社外の視点で見えることだと思います。例えば、ダイニチの社員は真面目で、いい物を作る意識が非常に高い。ただ、控えめでブランド認知が非常に弱いという課題がありました」

 吉井さんがダイニチに入って間もないころ、量販店の店頭で製品を販売していました。

ただ、「性能や品質でおすすめできる商品で、トップシェアも取っている。それにも関わらず会社の知名度が低いことを痛感しました。よく見たら、製品にロゴが控えめに書かれていることに気付きました。ユーザーが毎日目にする部分なのに、もったいないと考えました」。

 そこで吉井さんは2014年の創業50周年のタイミングで、ロゴの変更の検討を始めました。それまで製品には、メーカー名が小さく記載されているだけでしたが、ロゴをリニューアルし、製品にしっかりと記載するようにしたのです。

 新しいロゴは、小文字主体のしなやかでシャープなデザインとして視認性を高め、独自の技術でリードしていく先進性を表現したといいます。

 また、大文字の「D」に描いた青い円は、「青い炎」をイメージしました。灯油を無駄なく燃やす独創的な技術の象徴として表現し、常に新技術を生み出し続けるという意志を示しています。

 「ロゴを発表したとき、社内での共感もありましたが、協力会社の方々が喜んでくれたのが印象的でした。グループとしての一体感が生まれました」