優良企業は優良であるがゆえに失敗する…『イノベーションのジレンマ』が教える挑戦したがらない企業の末路

AI要約

本書は、技術革新が巨大企業を滅ぼす「イノベーションのジレンマ」について解説しており、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの違いを明確に示している。

優良企業はしばしば新技術の台頭を過小評価し、破壊的イノベーションを無視する傾向があり、その結果、新興企業に市場の主導権を奪われることがある。

ディスク・ドライブ業界や掘削機業界の事例を通じて、既存企業が新しい技術の可能性を見誤ることが競争力に影響を与えることを示唆している。

■クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』

 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき 玉田俊平太 監修/伊豆原弓 訳(翔泳社)

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クレイトン・クリステンセン Clayton M. Christensen

1952年、ユタ州生まれ。ブリガムヤング大学経済学部、オックスフォード大学経済学部卒業後、ハーバード・ビジネススクールで経営学修士取得。ボストン コンサルティング グループでコンサルタントを務めながらホワイトハウスのフェローとしてエリザベス・ドールの秘書も務める。その後、MITの教授らとセラミックス・プロセス・システムズ・コーポレーションを起業。92年同社を退社し、ハーバード・ビジネススクールで経営学博士号取得。

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 本書は、顧客の意見に注意深く耳を傾け、新技術に積極的に投資し、それでも市場での優位性を失う優良企業の話である。新興企業による新技術や画期的なアイデアが出てきても、当初は市場規模が小さいことから過小評価してしまう。その結果、対応が遅れた大企業は急成長する新興企業によって、自社の事業をディスラプション(破壊)されていくのだ。

 著者のクリステンセンは、技術革新には「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」があると説明する。持続的イノベーションとは、既存の製品やサービスを改善し、優良企業が積極的に投資する技術。一方、破壊的イノベーションは初期段階では既存製品に劣るが、新しい市場を開拓し、最終的に既存市場を侵食する可能性を秘める技術だ。

 優良企業は顧客のニーズに応える持続的イノベーションで成功してきたが、その体験が新しい技術への適応を阻んでしまう。そして、破壊的イノベーションを初期段階で無視する。初期の破壊的イノベーションは市場が小さく、企業の評価システムが短期的な利益を重視するためだ。つまり「イノベーションのジレンマ」は、企業が破壊的イノベーションを無視や軽視することで生じる問題なのである。

■優良企業は「破壊的」より「持続的」を選ぶ

 著者は、この現象をディスク・ドライブ(ハードディスク)業界の技術革新を通じて解説する。同業界を研究対象としたのは、技術や市場構造が急速に進化したからだ。

 最初のディスク・ドライブの技術自体は既存の優良企業で開発され、その後の技術革新で2通りに分かれていく。一つは「同じサイズのまま記憶容量を増大させる」こと。もう一つは「ディスク・ドライブを小型化させる」こと。メインフレーム(大型コンピュータシステム)の優良企業が顧客から要求されたのは「記憶容量の増大」(持続的)だった。既存の優良企業は、「小型化」(破壊的)は単価も安く利益率も低かったため、無視した。

 一方、新規参入企業は低機能・低価格帯の異なる性能を必要とするニーズと販売網を探り、ミニコンや小型パソコンなど新たな市場を開拓。その後も、既存の性能基準を向上させ、上位の市場も奪うことで業界リーダーの座を獲得していく。こうして優良企業と大手の顧客が見向きもしなかった新技術により、破壊的イノベーションの市場が形成されていった。

 優良企業が「破壊的イノベーション」より「持続的イノベーション」を優先する、その開発・商品化の意思決定のパターンは、次の6つのステップから成り立っている。

 ① 破壊的技術は、まず既存企業で開発される(ケースが多い)

② 既存企業のマーケティング担当者が主要顧客に意見を求める(悲観的な売り上げ予想、利益率を見込み、経営資源を投資しない決断をする)

③ 実績ある企業が持続的技術の開発速度を上げる(持続的技術の投資を進める)

④ (主に実績ある企業内で不満を募らせていた技術者によって)新会社が設立され、試行錯誤の末、破壊的技術の市場が形成される

⑤ 新規参入企業が上位市場へ移行する

⑥ 実績ある企業が顧客基盤を守るために遅まきながら時流に乗る

 このようなステップを踏み、新しいアーキテクチャー(コンピュータやシステム全体の設計思想や構造)の導入に遅れた優良メーカーは、新しい市場で十分なシェアを獲得することはできなくなる。「顧客の意見に耳を傾けよ」というスローガンはいつも正しくはないということだ。むしろ顧客は、メーカーを持続的イノベーションに向かわせ、破壊的イノベーションのリーダーシップまで失わせてしまうことがある。

 続いて、ディスク・ドライブ業界と共通点が見られる「掘削機業界」を取り上げる。同業界では1800年代の蒸気ショベルの発明に始まり、1920年代初頭にはガソリン・エンジン・ショベルが現れ、業界は大きな技術変動に直面する。この移行は実績ある企業が支配したが、次の技術革新として油圧駆動システムが生まれる。油圧式は従来の機械に比べて小型で操作が容易、かつコストも低い。しかし、性能面で従来の掘削機に劣っていたため、小規模な作業や特定のニッチ市場でしか使用されなかった。

 この新技術について、従来の掘削機メーカーは、ほとんど関心を示さなかった。彼らは、高性能な機械を求める主要顧客の要求に応えることに集中しており、新しい技術は既存市場に対して脅威ではないと判断。しかし、この判断が誤りだった。油圧式は次第に性能を向上させ、市場は拡大。利便性とコスト効率が評価され、大きなプロジェクトでも採用されるようになる。

 この事例から得られる教訓は、破壊的技術は、はじめはニッチ市場に限られているものの、その技術が成熟するにつれて主流市場に進出し、最終的には既存の技術を置き換える可能性があるということ。既存の企業は、新しい技術が持つ潜在的な脅威を見過ごしがちだが、長期的にはそれが彼らの競争力をそぐことになる。