多くの人が気づいていない「理解できても、じつは、納得していない」事実…数学の絶対的な方法「証明」が抱える「大問題」の中身

AI要約

数学の天才エヴァリスト・ガロアがもたらした革命とは、数学の正しさを証明するために論理を重視し、実験ではなく証明にこだわったことである。

現代の数学は数が実在するものではなく、人間の脳が創造したものであり、その正しさを担保するのは実験ではなく論理のみである。

数学者は一度理論が証明されれば、その正しさは揺るぎないと考えるため、数学の世界は実験に対する独自のアプローチを持っている。

多くの人が気づいていない「理解できても、じつは、納得していない」事実…数学の絶対的な方法「証明」が抱える「大問題」の中身

激動のフランスに生まれ、激動のなかに散った革命的な数学の天才が、エヴァリスト・ガロア(1811~1832)です。弱冠17歳、数学に出会って3年の若者が提出した論文が、「革命」と呼ばれ、時代を超えて、いまなお、大きな影響をおよぼしています。

彼が起こした革命とは、いったいどういうことなのでしょうか? 早熟の天才といわれる彼の思考を、平易に解き明かす『はじめてのガロア』から、ガロアの起こした革命のエッセンスを論じます。

※この記事は、『はじめてのガロア 数学が苦手でもわかる天才の発想』の内容を再構成・再編集してお届けします。

数学は科学ではない。

自然科学であれ、社会科学であれ、およそ科学と名乗る分野は、現実を探究する営みだ。理論が正しいかどうかは、現実が担保する。どれほどすばらしい理論であっても、現実に合致しなければ廃棄しなければならない。理論は現実を解釈するために存在する。

そのため、理論の正しさを検証するもっとも確かな方法は、実験だ。生物の進化や人類の歴史など、物理学での実験のような方法で理論の正しさを検証することができない分野では、おびただしい事実の積み重ねによって理論を支えていく。

しかし、数学の正しさを支えるのは、現実ではない。

オイラーやガウスが活躍していた時代は、数は実在するものだと考えられていた。オイラーなどは、1や2などの数だけでなく、虚数iのような数でさえ、手にとって感じることができると考えていたと思う。

しかし現代の数学は、あくまで人間の脳が創造したものであると考える。

「美しい花は存在する、しかし花の美しさは存在しない」というようなことを述べた文芸評論家がいたが、同じように2つのリンゴは存在するけれども、2という数が実在するわけではない、と現代の数学者は考えている。数学は現実ではなく、論理によって組み立てられた世界だ、という立場だ。

となると、そこで理論の正しさを担保するのは、実験ではなく論理だということになる。科学者は100回実験をしてその結果が理論に合致すれば、その理論は正しいと考えるが、数学者は100の100乗回実験をしてその結果が理論に合致しても、満足しない。あくまで証明にこだわるのだ。

そして、一度正しいことが証明されれば、火が降ろうが矢が降ろうが、その正しさは揺るがないと確信する。素数が無限に存在することをユークリッドが証明したのは2000年以上前のことだが、どのような独裁者であっても暴君であっても、さらには宇宙人がやってきたところで、その正しさを揺るがすことはできない、と数学者は考えている。