【371億円詐欺事件】たちまち3刷「リーマンの牢獄」がなぜ面白いのか?「日経」元金融記者はこう読んだ

AI要約

1985年のバブルから2008年のリーマン・ショックまでの日本経済の金融裏面史を暴く手記。バブル崩壊や事件の裏側、獄中での体験など、リアルなドラマが繰り広げられる。

詐欺事件の根源や裏事情、犯罪に巻き込まれた様々な人物の軌跡が描かれる。当時の金融界や不正行為の実態など、暗部が明かされる。

日本経済の停滞やその背景、リーマンとの関連など、30年以上にわたる経済の歪みが浮き彫りになる。読み応えのある一冊。

【371億円詐欺事件】たちまち3刷「リーマンの牢獄」がなぜ面白いのか?「日経」元金融記者はこう読んだ

1985年のバブルの発生から2008年のリーマン・ショックを経て現在まで、ほぼ40年の日本経済の金融裏面史を一気通貫で暴くこの手記は、日本経済新聞の金融担当記者として同時代を取材していた私にとっても、新鮮な驚きなしには読めない本である。

本書の筆者はバブルの起点となった円高・ドル安誘導のプラザ合意の翌年、1986年に山一證券に入り、米投資銀行リーマン・ブラザーズから371億円を詐取した事件で転落する2008年までは「日本経済の失われた30年」とほぼ重なる。それから14年、人生の約4分の1を拘置所と刑務所で過ごし、2022年に仮出所した。

1997年11月に山一證券の破綻に遭遇したが、「自主廃業」を命じた当時の大蔵大臣、故三塚博氏の“裏金”VIP口座の運用役だったという。しかも一任運用を利して、救済をあてこみ山一株を買い漁って、紙くずにしたというのだから、空いた口がふさがらない。

その後も信組や外資系証券会社を転々とするが、気の利いた金融記者なら知らない人はいないという有名人がぞろぞろ登場し、こんなところに接点があったのかとびっくりする。多くの人が犯罪スレスレの金儲けに翻弄され、まさにバブルとその破裂のなかでマネーに踊らされていたのだ。ノンフィクションなのに小説を読んでいるようなドラマが続く。

371億円という空前の詐欺だけに、著者の記述をすべて信じていいのか、という根本的な疑問は残るが、細部も含めてリアリティーがある。監修した元日経の阿部重夫氏が原稿の細部にわたってチェックし、筆者から何度となく聴き取りを行い、ときに追加取材して検証しているからだろう。

そのディテールのなかには、事件を担当した警視庁捜査二課、東京地検特捜部も知り得ず、また懲役15年と詐欺罪としては異例の重い実刑判決を下した東京地裁刑事部も見過ごした隠れた事実が含まれているはずだ。

しかもこの事件の報道がロイター通信を通じて米国に流れ、リーマンCEOが出資交渉中だった富豪バフェットを尻込みさせたことが引き金になり、半年後にリーマン本社が破綻に追い込まれたことは、ニューヨーク・タイムズ記者のドキュメンタリーで実証されている。

もとは監修者の主宰するサイト「ストイカ」に半年余連載されたものだが、一方的な独白録でなく、獄中の齋藤氏とその分身(アバター)の対話体になっている。読み進むにつれて、このアバターに阿部氏が乗りうつり、弁明や居直りに突っ込みを入れ、言いづらいことや矛盾を掘り起こして、時代背景のなかでこの犯罪がなぜ起きたかを浮き彫りにしている。

例えば山一の廃業後、米大手証券メリルリンチが、顧客資産の受け皿になろうと日本のリテール市場に上陸したが、メリルも目論見どおりにいかず、大量採用した旧山一社員を容赦なく切り捨てた内情が赤裸々に書かれている。齋藤氏もメリルを辞めたあと、診療報酬債権のファクタリングから病院再生ファンドをめざして、大手商社丸紅と組んだ。

その看板を頼みに、東証マザーズの創薬企業を合併して裏口上場を遂げ、ファンドの資金集めに奔走するが、組んだ相手の丸紅元課長が債務保証書を偽造、高利の償還と運用が火の車となってリーマンの投資が全損になった。リーマン本体が破綻したため、特捜部は丸紅を被害者としたが、丸紅にほんとうに「責任」がなかったか気になるところだ。

また詐取した巨額の現金を預託した仮名の相手は、香港の銀行口座に地下銀行を通じて入金したと言ったきり、あとはネコババ。地下の中国コネクションもちらついて、事件はまだ終わっていないと思わせる。余韻というか、底知れぬ根の深さを感じざるをえない。

『リーマンの牢獄』を読めば、日本経済が30年以上にわたって停滞した「失われた30年」を金融の裏面史として振り返ることができる。日銀が4月に利上げに踏み切り、日本経済が新たな局面に入りつつあるなか、間違いなく興味の尽きない書といえるだろう。

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