安倍元首相の「歴史戦」 佐渡金山の世界遺産登録が日韓に残した重要な教訓

AI要約

新潟県・佐渡金山が2024年7月に世界遺産に登録され、日韓関係が対立しつつも推薦が実現した背景を紹介。

過去の「負の歴史」への向き合い方や朝鮮半島出身労働者の問題に関する対立、緊張が描かれる。

日韓関係が慎重な折衝を通じて過去の約束や対立を克服し、世界遺産の理念と歴史問題に向き合っていく姿勢が示唆される。

安倍元首相の「歴史戦」 佐渡金山の世界遺産登録が日韓に残した重要な教訓

朝鮮半島出身者の強制労働の歴史に韓国が反発を示していた新潟県・佐渡金山が、2024年7月に世界遺産に登録された。その背景には、歴史のさまざまな側面を掘り起こそうとする人々の努力があったという。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会が、新潟県佐渡市の「佐渡島(さど)の金山」を世界文化遺産に登録することを決めた。

新潟県と同県佐渡市が、世界遺産への推薦を文化庁に提案してから約17年を経ての決定だった。日韓両国は、日本による植民地支配という歴史問題を抱えている。その対立を乗り越えて合意に至ったことは、大いに評価したい。

 

しかし、ここで忘れてはならないのは、登録によって特定の歴史観が世界に認められたわけではないということだ。むしろ、日本は「負の歴史」について、より真摯に向き合う責任があり、それが佐渡金山の世界遺産としての価値を高めることになると考えるべきではないだろうか。

佐渡金山の世界遺産登録を巡って問題となったのが、戦時中に金山で働かされていた朝鮮人の存在だ。韓国政府は金山を朝鮮半島出身者の「強制労働被害の現場」だと反発し、強制労働には当たらないとする日本政府との間で対立した。

2021年に文化審議会が推薦を決定しながらも、佐渡金山で朝鮮半島出身者の強制労働があったとする韓国側の反発を受け、韓国との関係に配慮した政府はユネスコへの推薦見送りを検討した。

このとき関係者の注目を集めたのが、安倍晋三元首相がSNSに書き込んだ一文だった。安倍氏は2022年1月27日、自身のフェイスブックに「歴史戦を挑まれている以上避けることはできません」と記した。

世界遺産の推薦見送りが検討されるなか、安倍氏は「歴史戦」という言葉を用いて韓国に対抗する意思を示したのだった。自民党内で「弱腰だ」との声が高まり、政府は一転して世界遺産への推薦を決めた経緯がある。

だが、世界遺産の理念は文化の多様性を認め、平和を実現することにある。歴史認識を巡る対立の場となり、その理念が傷つけられたことは、日韓双方にとって残念なことだった。今回、韓国が佐渡金山の登録を審議する世界遺産委の委員国でもあるため、日韓は互いの国の世論を刺激しないよう、水面下で折衝を続けた。

日韓がこうした慎重な対応をとった背景には、2015年に長崎県の端島(通称・軍艦島)を含む「明治日本の産業革命遺産」が登録された際の「教訓」がある。

韓国側は軍艦島など一部施設で「戦時中、朝鮮半島出身者が強制的に働かされた」として強く反対し、日韓が激しく対立した。日本は、世界遺産委員会で「犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置を取る」と約束し、登録にこぎ着けた。その約束を果たすため、20年に東京都内に開設したのが「産業遺産情報センター」だ。

 

センターには世界文化遺産に登録された産業遺産の写真やパネルが展示される一方、軍艦島で「朝鮮人差別はなかった」とする元島民の証言が紹介されていた。こうした展示内容に韓国が再び反発し、2021年7月のユネスコ世界遺産委員会で、戦時徴用に関する日本の説明は不十分だとする決議が採択された。

韓国政府当局者は「明らかな約束違反で、われわれをだましたと言われても仕方なかった」と振り返る。当時、日本政府当局者も「あの展示内容では、韓国側が反発するのは当然だろう」と苦々しく語っていた。

今回の登録に先立ち、地元の佐渡市が運営する相川郷土博物館では、「朝鮮半島出身労働者は、削岩、支柱、運搬などの危険な坑内作業に従事した者の割合が高かった」「ある1ヵ月の平均稼働日数は28日」などと労働環境を解説するパネルなどの展示が始まった。「強制労働」との文言がないことへの批判もあるが、軍艦島での対応と比べると一歩前進と言えるだろう。