支配下入りしたソフトバンク左腕の師は元タカ戦士「うまくなりたいと常に思っていた」

AI要約

前田純投手が有言実行し、ソフトバンクの支配下登録選手になった経緯。

前田純投手の経歴と成長過程、吉川輝昭さんとの出会い。

前田純投手の将来への期待と喜びを語る吉川輝昭さんのコメント。

支配下入りしたソフトバンク左腕の師は元タカ戦士「うまくなりたいと常に思っていた」

 ◆記者コラム・タカ番24時

 有言実行だった。7月末に支配下登録選手になったソフトバンクの前田純投手(24)だ。

 左腕は育成ドラフト10位で入団した昨年、「3軍で結果を出して、次の年は2軍で支配下を目指したい」と語っていた。言葉通り、昨季はファーム非公式戦で主に先発を務め、11勝をマークする活躍。今季の2軍戦では支配下入り前まで防御率1.46でウエスタン・リーグトップだった。

 沖縄・中部商高時代はベンチ入りはなかった。才能が開花したのは、日本文理大に進学後。同大の2003年の日本一に貢献し、プロでもソフトバンクなどで活躍したピッチングコーチの吉川輝昭さん(42)との出会いだ。「入学時の球速は130キロが出るか出ないか。球も弱かった。だけど、体が大きくて、人柄も良く、向上心があった」。吉川さんは当時の印象を語る。

 大学1年の秋、吉川さんはレギュラー選手と行う自主練習に、メンバー外の前田純を参加させた。前田純は次の日から毎日来るようになった。吉川さんが遠征中も、夜遅くまで帰りを待った。先発前日も、調整ではなく、力いっぱい練習していた。「うまくなりたいと常に思っていた」と吉川さんは目を細める。

 189センチの長身を生かそうと、吉川さんの助言で上からたたき下ろすフォームに修正した前田純は、角度のある球と緩急を武器に成長を続けた。「支配下になって、ようやくスタートラインに立てた」と喜ぶ吉川さん。そしてこう続けた。「けがをせず、1軍の舞台で第1球を投げることを楽しみにしている」(濱口妙華)

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