性別騒動の女性ボクサーが、“非難を受けるいわれがまったくない”理由。棄権した伊選手は「謝りたい。彼女には何の罪もありません」【パリ五輪コラム】

AI要約

パリ五輪での女子ボクシング66キロ級2回戦での試合棄権が議論を呼び、性別適格性についてメディアが大きく取り上げられている。

イタリア首相の発言や政治家の反応を通じて、ジェンダー問題に対する意見が表明され、論争が広がっている。

アスリートの性別に関する厳密な定義やIOCの規定、ケリフ選手の背景についても解説され、議論が深まっている。

性別騒動の女性ボクサーが、“非難を受けるいわれがまったくない”理由。棄権した伊選手は「謝りたい。彼女には何の罪もありません」【パリ五輪コラム】

 パリ五輪の女子ボクシング66キロ級2回戦で、性別適格性について議論になっているイマネ・ケリフ(アルジェリア)と対戦したアンジェラ・カリーニ(イタリア)が、開始46秒で棄権した一件は、イタリア国内で大きな話題と論争の種になっている。

 マスコミが大きく取り上げたのは、中国訪問の帰路に選手団激励のためパリを訪れていたジョルジャ・メローニ首相の次のようなコメントだ。

「私は以前からこの件についてのIOCの判断に異論を持っている。アルジェリア人選手のテストステロン(男性ホルモン)値の高さから見て、この試合は初めから公平なものとは言えなかった。性別を巡る問題についてのいくつかの極論は、とりわけ女性の権利を脅かすリスクを持っている。私は、男性の遺伝的形質を持っているアスリートは、女子カテゴリーの試合に参加するべきではないと考えている。これは誰かを差別するためではなく、女性アスリートが公平な条件で競う環境を守るためだ」

 メローニ首相は、セクシュアリティの問題について非常に保守的な立場を取っている右派政党の党首で、上のコメントの通りIOCの性別規程についても反対の立場を示している。この発言を受けて、同じ右派に属する少なくない政治家がSNSなどを通じ、「不公正」「詐欺」「オリンピック精神とは程遠い」といった言葉を使って、ケリフの出場が認められている状況を批判するコメントを発している。

 ただしこれらは、オリンピックそのものに対する発言というよりは、この出来事を利用してジェンダー問題にかかわる自らの意見をアピールする政治的発言と受け止めるべきだろう。

 この問題はイタリアのみならず世界中で論争を呼んでいるが、中にはケリフを「トランスジェンダー」と決めつける“事実誤認”に基づく議論も少なくない。

 ケリフの性別は女性だが、男性ホルモンであるテストステロンの分泌量が多い「ハイパーアンドロゲン」という特異体質の持ち主であり、その点で女性/男性という明確な区別がつけにくい「インターセックス」というカテゴリーに属するアスリート。

 ユースカテゴリーから常に女性として競技を続けており、3年前の東京オリンピックにも出場して、60キロ級の準々決勝で敗退している。

 スポーツの世界では何十年も前から、インターセックスやトランスジェンダーのアスリートをどう扱うかについて議論と模索が続いてきたが、生物学的な性別や性自認の問題は非常にデリケートかつ科学的にも倫理的にも定義が難しく、様々な意見や政治的立場が持ち得ることなどから明確な結論が出ていない。

 メローニ首相が言及している2021年のIOCの決定は、アスリートのプライバシーや人権にかかわる性別の判定は行なわず(トランスジェンダーやインターセックスであるかどうかは問わない)、年齢・性別はパスポートの記載に準拠したうえで、女子カテゴリーの競技に出場するためには、テストステロン値が「競技上の優位性をもたらすレベル」に達していないことを条件とするもの。

 ケリフはこの条件をクリアしてIOCから出場許可を得ており、その意味で非難や差別を受けるいわれはまったくないことは、明記されるべきだろう。

 棄権したカリーニも試合当日の夜、改めて次のようにコメントしている。

「私は参加資格についてコメントする立場にはありません。私がリングに上がったのは戦い、勝ちたかったからです。しかし鼻に強烈なパンチを喰らって耐え切れないほどの痛みに襲われた。2発目を喰らった時に呼吸ができなくなり、これ以上続けられないと覚って棄権を選びました。それ以上でもそれ以下でもありません。私は戦士ですが、戦士も時には降伏を選ぶものです。握手をしなかったのは、自分に対する怒りが強過ぎたから。イマネには謝りたい。彼女が世界中から叩かれている? 彼女には何の罪もありません」

文●片野道郎