ケインを代える勇気がイングランド代表を動かす。なぜトニーではなくワトキンス? 監督の狙いとは【ユーロ2024分析コラム】

AI要約

イングランド代表がオランダ代表を2-1で破り準決勝で勝利を収めた。サウスゲート監督の大胆な采配が勝利につながった。

ケインのプレーに課題があったため、ワトキンスを投入。彼の特長を生かし、勝利に貢献した。

サウスゲート監督はケインを諦めずに使う従来のイメージを変え、新たな可能性を示した。

ケインを代える勇気がイングランド代表を動かす。なぜトニーではなくワトキンス? 監督の狙いとは【ユーロ2024分析コラム】

 UEFAユーロ2024(EURO2024)準決勝、イングランド代表対オランダ代表が現地時間10日に行われ、2-1でイングランド代表が勝利した。サッカーの母国が劇的な勝利を飾った背景には、ガレス・サウスゲート監督の英断がある。戦術や交代策などでたびたび批判を受けてきた指揮官は何を変えたのか。その采配の狙いについて考える。(文:竹内快)

●イングランド代表の力攻め

 かつて、籠城する相手を圧倒的な戦力にモノを言わせて攻略する「力攻め」には、しばしば相手の3倍の兵力が必要だと言われてきた。

 この試合のイングランド代表は、まさしく「力攻め」でオランダ代表を攻め落としたと言って良いだろう。チームを率いるガレス・サウスゲート監督は、1-1のドローで迎えた80分に2枚替えを敢行。ハリー・ケイン、フィル・フォーデンに代えてオリー・ワトキンスとコール・パーマーを投入した。

 驚くべきことに、この指揮官の大胆な采配がズバリ的中する。試合終了間際、右サイドでボールを持ったパーマーは大外のブカヨ・サカを囮にして、斜めに走りこんできたワトキンスにパス。オランダ代表DFステファン・デ・フライがワトキンスに対峙したが、アストン・ヴィラのエースは一瞬の隙を逃さなかった。身体をねじるようにして強烈なシュートを放ち、これがゴールネットを揺らして決勝弾に。交代選手が決定的な仕事をやり遂げ、イングランドは決勝へ駒を進めることに成功した。

 いくら何でもずるすぎる。イングランド代表は、昨季ブンデスリーガで得点王に輝いたケインとプレミアリーグ最優秀選手に選ばれたフォーデンの裏に、ワトキンスとパーマーが控えているのだ。オランダのパフォーマンスは決して悪いものではなかったが、交代選手として入ってくる選手の質に圧倒的な戦力差があった。彼らは分厚すぎる前線の選手層をフル活用し、フィルジル・ファン・ダイク、デ・フライなど名手が守るオランイェのゴールマウスをこじ開けている。

 

 しかしながら、この劇的な決勝ゴールが生まれた背景には、圧倒的な戦力差だけでなく、前述したサウスゲート監督の大胆な采配による「前線の大きな変化」がある。試合終盤に指揮官が下した決断はイングランド代表の攻撃にどんな効果を与えたのだろうか。

●ガレス・サウスゲート監督の決断

 ワトキンスとパーマーの投入によって何が変わったのか。本題の前に、まずは先発出場したエースFWハリー・ケインのプレーについて話しておきたい。

 今大会のケインは、ベストな状態であるとは言い難いパフォーマンスに終始している。これは多くのサッカーファンの間で議論の的になっており、元イングランド代表FWイアン・ライト氏もその一人。同氏はケインについて、『Stick To Football』のポッドキャストで「彼は(動きが)シャープではないし、ペナルティエリアにいないんだ」と語ったことを英メディア『Four Four Two』が報じている。

 アーセナルで活躍した代表OBの指摘通り、ケインはペナルティエリアにいて欲しいタイミングにペナルティエリア外にいることが多すぎる。クロスのターゲットとして間違いなく有効な存在であるにも関わらず、彼がボックス内で相手DFの注意を引いている時間はほんのわずか。頻繁にミドルサードまで降りてきて本来のポジションを空けてしまうため、攻撃の流動性を阻害している感が否めない。

 加えて、昨季のブンデスリーガ得点王は足元でボールを受けようとするため、味方選手がドリブルで侵入するためのスペースを意図せず減らしている。オランダ代表の守備陣は整然とした最終ラインを容易に保つことができ、これがイングランド代表の攻撃を停滞させた。

 このような状況を受けて、指揮官は試合時間残り10分となったタイミングで大エースを交代させる決断をする。ここで選ばれたのがオリー・ワトキンスだ。なぜここで代表で一定の活躍を残しているイヴァン・トニーではなく、ワトキンスを投入したのか。サウスゲート監督がケインに代えてワトキンスを投入した明確な狙いと、ここでアストン・ヴィラのストライカーが優先された理由を考えていこう。

●オリー・ワトキンス投入の劇的効果

 足元でボールを受けたがるケインに対し、ワトキンスはシンプルな裏抜けでゴールを狙う。後者は投入直後からその特徴を存分に発揮してみせた。

 ワトキンス投入の目的と、ブレントフォードのFWイヴァン・トニーがこのタイミングで起用されなかった理由はここにある。ファン・ダイクを始めとする高身長DFが揃うオランダ代表に対して、イングランド代表が空中戦を挑むのは得策ではない。自ら相手の得意なフィールドで戦うようなものだからだ。空中戦に強いイヴァン・トニーではなく、絶妙な背後への抜けだしでゴールを強襲するワトキンスの方が、オランダ代表にとって厄介な存在になるとサウスゲート監督は考えたのだろう。

「オリーは上手くプレッシャーをかけて背後に走りこむことができる。だから試してみるには良いタイミングだと考えた」(英メディア『Daily Mail』)

 サウスゲート監督は試合後、自身の采配についてこのように振り返っている。その狙い通り、ワトキンスはファン・ダイクとデ・フライの間のスペースに走り込み、決勝進出を決めるドラマチックなゴールを奪った。指揮官が並々ならぬ覚悟を持って下した決断が、停滞していた前線に大きな変化を生み、勝利を手繰り寄せたと言っても過言ではない。

 筆者は、この成功体験がイングランド代表とサウスゲート監督に新たな力を授けると考える。

 ケインの実力には疑いの余地が無いが、これまでのスリーライオンズは良くも悪くも常にエースに勝敗を託し続けてきた。だがどんなに優れた選手だって、調子が悪い試合は存在する。今回、途中投入したワトキンスがインパクトのある活躍を残したことで、そういう行き詰まった試合で(良い意味で)ケインを諦めやすくなったはずだ。ようやく「ケインを代える勇気」を見せ、自信をつけたサウスゲート監督は、スペイン代表との決勝戦でどんな采配を見せてくれるのだろうか。

(文:竹内快)