偶然たどり着いた、女子ノッカーの道 「最高の締めくくりだった」

AI要約

石神井の助監督が選手から助監督に転身した経緯とその思いを語る。

助監督としてチームをサポートしながら、選手時代の経験を活かす木村の姿が描かれる。

チームの試合での活躍や成長を通じて、木村は自らの野球人生を締めくくる。

偶然たどり着いた、女子ノッカーの道 「最高の締めくくりだった」

(7日、第106回全国高校野球選手権西東京大会2回戦 石神井3―4日大桜丘)

 石神井―日大桜丘の試合前、グラウンドでノックバットを振っていたのは、帽子からポニーテールの長い髪がのぞく女子生徒だった。ユニホームに身を包んだ石神井の助監督、木村莉咲(りさ)(3年)。夏の大会で試合前のノックに入るのは、これが最初で最後になった。

 小中学生の頃は選手だった。はじめはクラスの女子の誘いで、三つ上の兄と同じ野球チームに。その後、府中市の女子チームで内野手を務め、主将も任された。

 女子野球部のある私立高校に進学する仲間もいるなか、都立を選んだのは野球以外のことに挑戦してみたかったから。でも、いざ石神井に進学して、部活を見学をすると一番楽しかったのはやっぱり野球部。マネジャーとして入部した。

 高校進学時、もう、野球をプレーするつもりはないと決めていたが、偶然が重なった。1年の夏の大会前、ノックをしていた助監督の教員が産休に入ることになり、野球経験者の木村に白羽の矢が立った。

 みんなのためならと引き受けたが、本心は嫌だった。自分のノックが求められているレベルに達していない気がして、悩むこともあった。

 だが、昨夏の大会初戦、チームがコールド負けし、「守備のチーム」を目指すことになり、覚悟を決めた。

 選手のうまくなりたい気持ちに応えたい。「ボールを追うのやめるな」「適当なプレーすんなよ」。時にはそんな声かけもしながら本気でぶつかった。

 木村は選手時代、人一倍ノックを受けた。取れるまで続くノックでは、最後の1人になることもあったが、それでも食らいついた。チームメートに当時の自分を重ねると、自然と力が入った。

 7日の試合。熱心にノックを受けていた十河穏輝(とがわしずき)(3年)は仲間の送球をしっかり受け止め、五回に併殺を完成させた。大木拓朗(2年)は、逆点を許した後の七回、大きく後ろに飛んだ飛球を後退してキャッチ。ベンチが湧いた。

 みんなのために始めたノック。最後の夏、試合には敗れたが、やりきったことで、自分の力にもなった。今度こそ、野球は一区切りつけたつもりだ。「偶然たどりついた道だったけど、最高の締めくくりだった」=府中市民(西田有里)