なんと「雲と霧」、気象学的には「同じもの」なのに、その「発生プロセス」は全然違っていた!

AI要約

雲と霧の違いや発生プロセスについて解説。霧は地上で発生するため上昇気流とは関係ないが、大気中の水蒸気が影響を与えることが重要。

大気中の水蒸気は潜熱を通じて影響を与え、雲の生成において重要な要素となる。湿度や温度の違いによって雲の種類や持続性が変化する。

雲の生成プロセスは熱力学を駆使して理解されるが、現在の熱力学では完全に理解されていない部分もある。

なんと「雲と霧」、気象学的には「同じもの」なのに、その「発生プロセス」は全然違っていた!

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 本記事では〈意外とわからない、雲はどうやってできているのか? …じつは一連のプロセスには熱力学的な物理現象が満載! 〉に引き続き、なぜ霧ができるのかについてくわしくみていきます。

 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。

 雲ができるプロセスが理解できたところで、今度は霧ができるしくみについて思索を巡らせてみたい。

 気象学的にみると、雲と霧は同じものだと考えられている。違いは発生場所だけで、地表付近に浮かんでいるものを霧、空の高いところに浮かんでいるものを雲と呼んでいる。

 しかし両者の発生するプロセスは異なる。霧は地上で発生するものなので、上昇気流で発生するのは無理だからだ。なにしろ、霧の下には地面があるのだから、地下の巨大空間でもない限り、大気の塊が上昇することはありえない。つまり、霧は上昇して温度が下がることでできるわけではなく、何らかの要因で(空気の上昇とは別の理由で)空気の温度が下がることで起きる場合が多い。

 この「何らかの要因」は、夜明けの放射冷却の場合もあるし、単純に冷たい空気が流れ込んできて、温度が下がるだけの場合もある。この場合、熱力学はほとんど関係なく、大気中に含まれる水蒸気量を決める飽和水蒸気圧だけでことは済んでしまう。

 個人的な要望としては、このような成因でできた雲は全部霧と呼んでもらったほうがわかりやすい。温度が下がればなんでもいいのだから、上昇気流などなくても上空でも霧と同じように温度が下がっただけで雲が発生することは普通にあるのだから。

 ちなみに上昇気流でできる雲は積雲、そうじゃないものは層雲と呼んでいちおう区別はしているようである。実際のところ、雲は「層雲」「積雲」というおおざっぱなくくり以外に10にも及ぶ詳細な分類がされている。

 ここまでの単純な説明で何が欠けているかというと、大気中の水蒸気の効果が抜けている。「いや、大気中の水蒸気が液化して雲ができるという説明はしてあるじゃん」と思うかもしれない。確かにそうなのだが、ここまでの説明だと大気中の水蒸気は大気の温度が上がったり下がったりすると、水蒸気になったり液体である水に戻ったりするだけで、大気に対してあくまで「受け身」の存在でしかなかった。

 だが、実際のところ、大気中の水蒸気はけっして受け身の存在ではなく、積極的に影響を与える重要なプレーヤーである。それは気化熱とか凝固熱のように、固体、液体、気体と物体が状態変化するときに吸収・放出する熱エネルギー、いわゆる「潜熱」を通じてである。

 雲が生まれるまでのプロセスの説明で、大気の温度が下がって、大気中に含まれる水蒸気が水滴や氷の粒になり、雲を形成するという趣旨の説明をしたが、その際、大気は一方的に水蒸気に影響を与えているだけではなく、潜熱を通じて水蒸気からも大きな影響を受けている。

 大気が上昇して膨張し、温度が下がって水蒸気が液化するというプロセスは、断熱膨張と呼ばれるもので、外部から熱の出入りがない状態で物体の体積が大きくなる。

 大気中の水蒸気が水滴に変わる状態変化のことを「液化」というが、液化する際には「液化熱」が放出される(液化熱は、同量の液体を気化するのに必要な熱量〈気化熱〉と等しい)。

 この液化熱によって、大気は暖められて、「湿った空気は乾燥した空気より温度が下がりにくい」という性質を持つことになる。温度が下がりにくければ、上空に行っても暖かいままなので、上昇気流は弱まりにくく、雲の形成過程が持続しやすい。つまり、大気が湿っているか乾燥しているかの違いで、雲のできにくさは変わる。

 積雲の中でもっとも有名で巨大な積乱雲は、夏、それも真夏にできることが多いが、これは夏は気温が高い、というだけではなく、湿度が大きい、ということも大きく影響している。大気が湿っていて、かつ、強い太陽光で地面が暖められやすい真夏にこそ、強力な上昇気流が発生して巨大な積乱雲を作り出す。

 天気予報などでは、よく気象予報士が「湿った大気が流れ込んだので台風が発達した」みたいなことを何の理由の説明もなく話しているが、なぜそうなのかを理解できる視聴者は少ないだろう。

 「湿った空気=雨が降りやすい」というイメージがあるのでなんとなく納得してしまうが、本当のところは「湿った空気は上昇しても、温度が下がりにくく対流が維持されるので、強くて大きな雲ができやすい」ということなのである。熱力学がちょっとわかっているとこういうことも理解できるから楽しい。

 一方、上昇気流に依存しているゆえに短命な積乱雲に比べてもっとも上空にできる巻雲は長寿命である。これは巻雲が水の粒じゃなく、氷の粒でできているからだ。もっとも高い所にできる巻雲は、氷が発生できるほどの低温の大気の状態を維持できるので、氷の塊でできた雲になれる。

 水が存在できない低温下でも、昇華といって氷から直接水蒸気になることができるが、氷の場合の飽和水蒸気圧は、水の場合の飽和水蒸気圧よりずっと小さい。よって、氷の粒による雲は水の粒による雲よりずっと低い湿度で発生できるのだ。つまり、とても安定した存在だというわけだ。

 そういう意味で雲は単純に熱力学の諸法則に支配されているというだけではなく、「潜熱」という高校の物理ではあまり語られない熱力学の概念を理解することが正確な理解につながる。

 裏返して言えば、雲の生成プロセスは、熱力学を駆使して理解するのに最適な対象なのである(ただ、現在の熱力学は対流のような動的な現象をうまく扱うことができないので、いまでも雲の生成過程は完全には理解されていない)。