「世界の刃物で日本刀がナンバーワン」 山鳥毛の古里・備前長船刀剣博物館で働く英国紳士トゥミさんが語る魅力は

AI要約

英国の刀剣愛好家であるトゥミ・グレンデル・マーカンさんの物語。彼が日本刀に魅了された経緯から、備前長船刀剣博物館での活動までを語る。

日本刀に関する専門知識や文化理解、外国人観光客への対応におけるトゥミさんの貢献に焦点を当てる。

刀匠の技術に感動し、日本刀の美術的な魅力に惹かれたトゥミさんの姿を通じて、日本刀への深い愛情が浮かび上がる。

「世界の刃物で日本刀がナンバーワン」 山鳥毛の古里・備前長船刀剣博物館で働く英国紳士トゥミさんが語る魅力は

 日本刀をこよなく愛する英国紳士がいる。備前長船刀剣博物館(岡山県瀬戸内市長船町長船)で多言語支援員を務めるトゥミ・グレンデル・マーカンさん(28)。刀剣愛が高じてはるばる海を渡り、豊富な知識を生かして近年増加する外国人観光客の対応などで活躍する。今年1月にはマツコ・デラックスさんのテレビ番組にも出演し、すっかり人気者。「世界中の刃物の中で日本刀がナンバーワン」と流ちょうな日本語で語るトゥミさんに、なぜ日本刀に魅せられたのか、日本刀にしかない魅力とは何なのか聞いてみた。

 「テレビに出てから一緒に写真を撮ってと言われることも増えました」。そう柔和な笑顔で語るトゥミさん。取材中にも「番組見ました。会えてうれしいです」と入館者に声をかけられるなど番組出演の反響は大きかったようだ。しかし刀剣の話になると一気に真剣なまなざしに変わる。

 一緒に館内を巡ると、説明文は日本語だけでなく英語でも用意されていた。よく見ると英語の方がむしろ文章が長い。例えば鋼の粒子の大きさによる見え方の違いを説明するパネルでは、粒子が細かい「匂(におい)」と大きい「沸(にえ)」について、英語でも「匂」と「沸」の漢字にローマ字の読みと、漢字の元の意味「scent(香り)」「bubbling(泡立ち)」を添えた上で、詳しく説明している。

 「刀剣の説明には独特の言葉が多い。英語にすることで元の日本語のニュアンスが失われたら、本当の魅力が伝わらない」。専門用語を避けることなく、真正面から英語で説明するところがトゥミさん流だ。

 パンフレットなどで刀の歴史的背景を説明する場合も外国人向けでは内容を変える。「例えば織田信長など日本人にとって常識レベルの有名人も、外国人にはどんな人なのか説明が必要になる」と気を配る。

 刀剣への愛と知識はもちろんのこと、日本文化への理解と心配りがにじみ出る英語訳。その背景にはどのような経験があるのだろうか。

■大学で考古金属学に没頭

 子どもの頃は騎士やバイキングなど欧州の歴史に興味があり、小中学生時代から博物館で昔の武器を見るのが好きだった。刃物に魅力を感じ、鍛冶体験をしてから、名門大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン( UCL)で考古金属学を専門に学んだ。

 日本刀との出合いは大学入学前の誕生日に母がプレゼントしてくれた本。最初は「あくまで世界中にある刃物のひとつという認識しかなかった」と振り返る。大学2年時、考古金属学の授業で写真や動画を交えたドキュメンタリー制作の課題があり、「刃物の中で有名だから」という理由で日本刀をテーマに選んだことが転機となる。

 大英博物館で初めて本物の日本刀を見たとき「キラキラしてきれいだなという印象しかなかった」が、ドキュメンタリーを作り、基本的な見方を学んでから再び向き合うと、それまで見えなかった刃文や地鉄の変化に驚かされた。欧州にもドイツのゾーリンゲンなど優れた刃物はあるが「あくまで実用品」。シリアやインドで使われたダマスカス鋼は渦のような神秘的な模様が浮かぶが「美術的側面は決して多くない」。日本刀の姿、地鉄、刃文、さらには彫刻まで美術的な鑑賞ポイントの多さはずば抜けているという。

 さらに研究を進めると、日本刀は服飾品であり身分を証明するものでもあり、なおかつ信仰の対象でもあった。そうした例は海外の刃物にないという。知れば知るほど奥深い世界に「日本刀が一番いい。オンリーワンだ」と心奪われた。

 2016年には夏休みを利用して来日。全国の刀剣がある博物館を見て回った。大学卒業後の2017年から1年間、東京の日本語学校に通い、刃物の文化がある青森県弘前市でホームステイを経験。日本滞在中は時間が許す限り、各地の職人を数十人ほど訪ね歩いた。

■聖地との出合い

 その後、瀬戸内市のインターンシップで戦国武将上杉謙信愛用と伝わる国宝の太刀「山鳥毛」の里帰りを目指す「山鳥毛プロジェクト」に携わり、2019年から3か月ほど備前長船刀剣博物館も手伝った。学芸員の杉原賢治さん(42)との〝師弟関係〟はその時からだ。

 特に印象的だったのは博物館に併設の工房で職人が日常的に作業をしていること。英国で1本5分ほどの職人の動画を見ることはあったが、生で見る職人の仕事は全く違う。つかと刀身の間の小さな鉄板・鐔(つば)を作るだけで2週間から1か月。仕事の細かさと技術力の高さに圧倒された。「今ほど日本語が話せなかったので、言葉だけでなく、職人さんの技を間近で見ることで、日本刀の美術的な理解が他の博物館よりもできた」と熱っぽく語る。

 インターン期間中は職人と話したり仕事を何時間も見学したり。周辺には靭負(ゆきえ)神社や慈眼院(じげんいん)といった刀匠ゆかりの社寺が点在し、日本刀の聖地であることからも「備前長船刀剣博物館で働きたい」と思うようになった。

 プログラムを終えていったん帰国したが「英国には専門家も職人も少ない。時間がたてばたつほど日本刀の仕事をしたいという思いが強まり、日本でしかできないことなんだと覚悟が決まった」。ちょうど瀬戸内市に住む友人から市が多言語支援員を募集していると聞いて即応募。「日本刀に興味のある外国人は多いし日本語能力も必要なので狭き門。合格したときは信じられなかった」。コロナ禍でなかなか入国できず不安な日々を過ごしたが、晴れて2022年から備前長船刀剣博物館で働くことになった。

 現在は英語の説明文作成のほか、急増する外国人の案内などを担当する。外国人入館者の約7割はフランス人で、試し切りの方法や切腹に関する質問も多く受ける。しかしトゥミさんが、切腹するのは武士だけという歴史的背景や、武将が刀剣コレクションの目録を作って大切にしていたことを紹介すると相手の表情が変わる。「日本刀は単なる武器というイメージで訪れた外国人が、美術的な魅力に気付いてくれる瞬間がうれしい」とほほ笑む。

 ときには鍛刀場に弟子入りを志願する外国人も訪れる。そうした外国人と職人の通訳は人生を左右する重大事。「刀を愛する外国人が増えることは喜ばしい」としつつ、同時に厳しい世界だと伝えることも忘れない。刀匠には伝統を守る義務や責任があり、日本の礼儀や建前を知らないとトラブルも起きかねない。最低5年間の修業を続けるには副業も欠かせない。「彼らをサポートしたいし成功してほしいからこそ現実の厳しさも知ってほしい」。刀剣を愛し、現場を見て人一倍努力してきたトゥミさんだからこその言葉だろう。

 慈眼院(瀬戸内市長船町長船)は備前長船刀剣博物館の南へ徒歩で5分ほどの刀工の菩提寺。鍛錬の火花で目を痛めやすい刀鍛冶にちなんで眼病平癒の御利益があるとされ、信仰を集めた。境内には江戸時代の刀工・横山上野大掾祐定の墓所や、長船派の流れをくむ最後の刀工・横山元之進祐定が寄進した梵鐘がある。今は技術向上などの御利益がある刀剣をかたどった絵馬が参拝者に人気で、寺に奉納できるほか、家に持ち帰ってまつることもできる。