「最高の思い出。言うことなしじゃ」 末期がん男性は満足そうにほほ笑み、10日後亡くなった ニーズ広がる看護師付き添いサービス

AI要約

終末期を迎えた人の「旅行したい」との願いを叶えるため、広島でも看護師の付き添いサービスが広がりつつある。

末期の膵臓がんと診断された男性が、海を見たいという望みをかなえるために家族とともに1泊旅行を実現し、幸せな最期を迎えたエピソード。

看護師の付き添いサービスを活用し、終末期の患者やその家族が最後まで自分らしく生きるための選択肢を増やす取り組みが広がっている。

「最高の思い出。言うことなしじゃ」 末期がん男性は満足そうにほほ笑み、10日後亡くなった ニーズ広がる看護師付き添いサービス

 終末期を迎えた人の「旅行したい」との願いをかなえるため、看護師の付き添いサービスが広島でも広がり始めた。遠出は病状急変時のリスクがあり、医療・介護保険制度は適用されないため原則全額が自己負担。それでも「納得いく最期の迎え方」のニーズは強いようだ。

 「最高の思い出になった。言うことなしじゃ」。昨年11月末、広島市安佐南区の竹岡文男さんはホテルの窓の外に広がる海と、営む建設会社で工事に関わった海田大橋を見詰め、満足そうにほほ笑んだ。10日後、83歳で亡くなった。

 末期の膵臓(すいぞう)がんと診断され自宅で療養していたが、医師から「年を越すのは厳しい」と告げられた。海と釣りを愛し、病床での口癖は「瀬戸内海が見たいのお」。妻の時子さん(77)と家族は「悔いが残らないように」と1泊旅行を計画した。海辺に立つ南区のグランドプリンスホテル広島を宿泊先に決めた。

 フリーランス看護師竹下雅彦さん(49)=広島県北広島町=が同行した。事前にホテルと打ち合わせ、車椅子の導線も確認した。宿泊日は処方薬と急変時の搬送に備えた医師の紹介状を携え、介護タクシーで出発。先進7カ国首脳会議(G7サミット)の主会場になったホテル内を散策し、部屋で好物のイカの刺し身を食べる文男さんと家族を見守った。

 結婚式を挙げていなかった文男さん夫婦。ホテルのチャペル前で、娘が即興で口ずさんだ結婚行進曲に合わせて「57年越しの式」をした。時子さんが車椅子を押して一歩一歩進み、幸せな結婚生活を振り返った。帰宅後、文男さんは次の旅行に意欲を見せるほど元気を取り戻したという。

 隣室に控えた竹下さんには、鎮痛剤の投与や酸素吸入器の使用を管理してもらった。宿泊費を除く費用は10万円弱。安くはないが「看護師がいる安心感は大きい。竹下さんなしでは決意できなかった」と、時子さんは感謝する。

 竹下さんはかつて総合病院の入院病棟などで働き、終末期の患者に多く接してきた。「短時間でも帰宅してペットと遊びたい」「墓参りに行きたい」「買い物がしたい」…。そんな望みを聞いても、保険制度で外出や旅行の付き添いは認められていない。無念さが募った。

 2020年、保険外サービスを提供するフリーの看護師として起業した。コロナ禍が一服した23年、活動を本格化させた。利用料は1時間3300~6600円。「急変時に病状を医師に適切に伝えられ、連携できるのは強み。最後まで自分らしく生きるための選択肢を増やしたい」と、認知度アップに取り組む。

 安佐南区の「リリーフ広島」も外出や旅行を支援する保険外サービスを昨年2月に始めた。代表を務める看護師鈴木和美さん(46)は、総合病院や高齢者施設の勤務を経て独立。病院からの一時帰宅や転院、診察の付き添いも含め、この1年で約130件の依頼を受けた。「これまで諦めていたことを実現できたと、喜びの声が多い」と手応えを感じている。

 東広島市の昭和観光社は、終末期患者の泊まり旅行をコーディネートしている。温泉旅行のニーズが高く、病状に合わせて看護師や介護士を手配する。バリアフリー旅行を専門にし、先天的ではなく交通事故や脳疾患が原因となった「中途障害者」の利用も多い。

 プリンスホテルに泊まった文男さんの担当医で、在宅診療に力を入れている高橋内科小児科医院(安佐南区)の高橋祐輔医師(47)は「残された時間を旅行などに使うことで、患者と家族のQOL(生活の質)は高まる」と話す。「多くの人が亡くなる『多死時代』を迎え、個々のニーズに柔軟に応えられる受け皿が地域に広がれば」と期待している。