きものにファンデーションがついたらどうする? 対処法を阿川佐和子さんにプロが伝授

AI要約

ファンデーションの衿汚れを落とすためのベンジン使用方法を学んだ阿川佐和子さん。染み抜き職人のアドバイスを丁寧に実践し、特製ブラシやラップの芯を使いながら汚れを取り除いていく様子を描いている。

ベンジンを使った衿の汚れ落とし作業を通じて、職人の細かな工夫や注意点に驚く阿川佐和子さん。キモノの世界における職人の技術と熱意に感服しながら、自宅での衿のメンテナンスを楽しみにする。

気になるファンデーションの衿汚れが落ち、作業を通じてベンジンの使い方や注意点を学んだ阿川佐和子さん。自宅での染み抜きを振り返りながら、今後のキモノライフに活かしていく決意を新たにする。

きものにファンデーションがついたらどうする? 対処法を阿川佐和子さんにプロが伝授

形見分けとなったお母さまのきものと積極的に向き合っていくことを決意した阿川佐和子さん。“チンプンカンプン”なことばかり……と迷走しながら、歩みはじめたきものライフを、小粋なエッセイとともに連載でお届けします。

シミをつけてしまったときの対処法第2弾である。シミではないが、衿もとにファンデーションがつくことは珍しくない。本当はそんなときのために白い襦袢の衿が守ってくれているはずなのだが、落ち着きのない私のような者は、きもの姿であっちゃこっちゃと身体を動かしているうちに、いつのまにか衿にじんわりファンデーションの筋をつけてしまうようだ。そのことに気づくのはもちろん、きものを脱いだあとであり、畳んでいるときなどにギョッとする。

え、どうするどうする? これも染み抜きに出さないといけないのかしら。

「そんなことはございません」

ニッコリきっぱり否定してくださったのは、前回もお世話になった染み抜き職人の家田さんである。

「ファンデーションの汚れはベンジンを使えば自分で落とすことができるんですよ」

用意するものは、ベンジン、晒し布2枚(薄いタオルでも可)、そして特製ブラシ。

ブラシがなければガーゼなどの柔らかい布で代用することもできるそうだ。しかし、専用のブラシはたいそう優れものである。

見た目はなんと申しましょうか、ちょんまげを切り取って胴体をヒモでグルグル巻きにしたような感じ? 上下に出ているブラシ部分は馬の毛でできているらしく、けっこうかたい。これで歯を磨いたら、歯茎が血だらけになること間違いなしだ。

さて染み抜き開始。手順の見本を家田師匠が示してくださった。

まず、晒し布を1枚、ピンと伸ばし、縦方向に敷く。その晒し布の上に、汚れた衿を重ねる。動かないよう、きものと晒し布の手前端を机とお腹で挟んで固定させる。

ここで登場するのはラップの芯。いったい何に使うのかと家田師匠の手元を見守っていると、なんと、きものの衿先をラップの芯に巻き、そこを左手で握って奥へ伸ばすのである。つまり、染み抜きをしている間、生地にシワがよらないための工夫らしい。ラップの芯を使うと生地をしっかりつかむことができる。手前は机とお腹で挟み、先はラップの芯を握って引っ張れば、シミ取り作業をしている間、生地がよれることはない。職人仕事で大事なのは、こういうささやかな工夫とアイディアである。日々の作業をするうちに、「どうすればやりやすいか」をずっと考えながら仕事をなさっているのだなあと、つくづく感服する。

そしていよいよベンジンの登場である。まずベンジンを小ぶりのコップに七分目ほど注いでおく。そんなに使うんですか? と驚くほどたっぷり。ベンジンの入ったコップの上にもう1枚の晒し布をかぶせて蓋をし、シャカシャカ振る。ドレッシングを振る要領だ。シャカシャカするうち、晒し布にベンジンがたっぷり染み込む。

たっぷりベンジンが染み込んだ晒し布を手で包むように持ち、汚れのある衿の上を何度も往復させる。汚れのある箇所だけでなく、かなり広範囲に、大胆に、往復させる。生地にベンジンを染み込ませるというより、優しく雑巾掛けをするイメージだ。それだけでかなり汚れが落ちたように見えるが、ここで終わりではない。

お待たせしました。ここで登場するのが特製ちょんまげブラシである。

ちょんまげブラシの先をベンジンの入ったコップに投入。ブラシにベンジンを吸い込ませる。ベンジンをたっぷり含んだブラシを、やはりお腹とラップの芯で固定させた状態で、生地の上を3回ほど往復させる。シャッシャッシャッ。そのときブラシと衿が垂直に当たっている角度を保つこと。そのためにはブラシを持つ手の肘を高く張る。ブラシのベンジンが減ったと思ったら、再びコップに浸す。なんだかお正月の書き初めをしている気分になる。シャッシャッシャ。3回セットを3セットほど繰り返すうち、まあ、みごとにファンデーションの筋が消え失せた。

それにしても予想をはるかに上回るベンジンの使用量だった。

「こんなに染み込ませて、ベンジンがシミになっちゃったりしないんですか?」

不安になって師匠に訊ねると、

「その心配はないです」

ニコニコしながら次の作業に取りかかっている。まだ終わりではないのか。

師匠はベンジンの染み込んだ晒し布をもう一度手にし、掛け衿の上や内側などを優しく拭き取ると、続いてドライヤーを持ち出した。

「ドライヤーで乾かしちゃダメって、おっしゃいませんでした?」

戸惑う私をものともせず、

「熱風はダメ。冷風でね。それより気をつけてほしいことは……」

「はい」

「ベンジンが発火するおそれがありますから、ドライヤーのスイッチはできるだけ上のほうで入れること!」

そんな怖い注意が待っていたとは。

さあ、これだけ丁寧に書いておけば、自宅で復習できるはずだ。特製ブラシは師匠に分けていただいたし、晒し布はないのでタオルで代用しよう。ベンジンは、師匠オススメのブルーの瓶をネットで買いました。あとはきものを1枚ずつ、点検だ。はて、どれにファンデーションがついていたかしら。楽しみになってきた。